取り戻そう日本経済の必勝パターン

 小さな子どもが家へ帰ってきた。見ると顔が赤らみ、汗びっしょりで、呼吸が荒い。額に掌を当ててみると熱い。風邪なら大変だ。こじらせてはいけない。すぐに汗を拭いてやり、肌着を新しいものに変えてやり、薬を飲ませなければならない。

 しかし、これが暑い中、外で友達と元気に暴れまわってきたのなら心配する必要はない。風邪をひかないようにすぐに汗を拭いてやり、肌着を新しいものに変えてやる必要はあるが、薬を飲ませる必要はない。いやむしろ飲ませてはいけない。

 このように同じ現象が起こっても、原因が違えば正しい対処方法は変わる。人手不足という現象も同じだ。人口が減り、労働力の供給が減り、これまでの雇用も維持したいというだけで、人手不足になっているなら、これは病的な人手不足だ。対策を講じなければならない。賃金が上がって中小企業が採用できなくなっているとしたら問題だろう。

 しかし、今の人手不足はこういうものではない。「2016年7月の60歳から64歳正社員は140万人、6万人増加」などで延々と描いてきたように人口は減っているかもしれないが、労働力の供給は増えている。15歳から64歳までの人口は2016年7月の労働力調査によれば前年同月にべて70万人減っているが、逆に労働力人口は22万人増えている。65歳以上の労働力人口も増えているので、15歳以上の労働力人口の増え方はもっと大きく、79万人である。

 労働力の供給が減ったから人手不足になっているのではない。退職を上回る採用が行われた結果、雇用は89万人も増えている。労働力人口の増加を上回る増加だ。供給が増えているにも関わらず、それを上回る大量採用が行われていることが人手不足の原因である。労働市場に限れば、日本経済は元気いっぱいなのである。

 賃金が上がっているのは低賃金部門である。高賃金部門でも低賃金部門でも採用が活発になったたとき、高賃金部門ではあまり賃金が上がらず、低賃金部門で賃金が大幅に上がるのは自然な現象である。高賃金部門で採用が活発になると、低賃金部門の労働者がここに移ってくる。この部門での人手不足は緩和され賃金の上昇はそれほどではない。採用が必要な時に労働者を失ってしまう低賃金部門の人手不足はさらに激しくなり賃金は大幅に上昇する。

 これにより、全体の賃金が上昇するとともに、二つの効果が発生する。低賃金部門の賃金が底上げされ、賃金格差が縮小し、低い賃金しか得られない労働者がいなくなる。そして付加価値生産性が低い低賃金部門から高い高賃金部門に労働者が移動することにより、日本全体の労働者の付加価値生産性が高まる。

 雇用の拡大、賃金の上昇とその格差の縮小、付加価値生産性の向上は日本経済が成長していた昭和30年代から昭和50年代に起こっていた。労働供給の増加を上回る需要の拡大により人手不足が起こるというのは日本経済の必勝パターンといってよいのだ。何も恐れることはない。

 余談であるが、この時期、子供は生まれていた。低いときでも合計特殊出生率は1.7はあったのだ。学歴が高まるなど社会に出る前の能力向上は順調だったし、職業生活に入ってからも男性については企業内の訓練は充実していた。本論に戻ろう。

 なぜ、この状況を変えなければならないのだろうか。不景気にすれば人手不足は解消するだろう。低賃金部門の企業は現状を維持できる。同時に、雇用は縮小し、賃金は下落し、賃金格差は拡大し、付加価値生産性は低下する。誰がそんなことを望むのだろう。

 人手不足の激化、賃金の上昇は低賃金部門の企業に対する付加価値生産性を高めなさいという、市場のメッセージだ。この方向への変化が求められているのだ。日本経済にとって望ましい人手不足対策は外国人労働者の受け入れによる低賃金部門の温存ではない。低生産性、低賃金部門での付加価値生産の向上策の支援だ。

 省力化、労働負荷の軽減のための設備の改善の支援が最も効果的だろう。資本設備の老朽化もかなり進んでいる。幸い機械工業の生産能力にはゆとりがある。利子率も低い。設備の改善を図るにはいい時期である。地域の金融機関は取引先の設備をこういった目で見直し、設備の改善を企業に勧めてはどうだろうか?低賃金部門の事業主は現状を維持したいかもしれない。しかし、国は、本人が望むものをではなく、本人が必要としているものを与えるべきなのだ。子供がお菓子を欲しがっていても、親はちゃんとご飯を食べさせなければならない。

 製品、サービスの値上げ、製品構成の変更、業態、業種の転換も必要だろうが、これは企業が自ら知恵を絞り、汗を流すべきことで、国が介入する必要はない。

 今、国が考えるべきことは三つある。少子化対策、日本人の能力の開発、雇用の維持・拡大である。これだけでも大変なのだ。余計なことを考えるのはやめよう。(続く)

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