人手不足なのに平均賃金があまり上がらないのはなぜか?

取り戻そう日本経済の必勝パターン」で書いたことと重なるところがあります。ご容赦を。

現在、日本の労働市場の需給が引き締まってきていること、タイト化していることは間違いがないでしょう。それなのに月当たりで見た平均賃金が上がらないのは何故だろうか?物価が上がらないのは賃金が上がらないせいじゃないかといった問いが浮かんでくる。自然な問いだと思います。

私の意見をご披露すると、こんなことになります。

労働市場全体がタイト化してきたとき、一番賃金が上がりにくいのは、高生産性(付加価値労働生産性のことです。以下同じ)・高賃金部門です。大企業の正社員を考えてください。中途採用の求人を出せば大勢の就職希望者がやってくるでしょう。その内から何人かを選んでいるという状況なら、採用数を増やしたいと考えれば、ただ採用すればいいだけです。これまでより質は多少落ちるかもしれませんが、人手不足であれば許容できます。つまり、賃金を上げなくても、採用基準を緩和すれば、労働力を確保し、増やすことができるのです。高賃金で働きたいという人が十分いるからです。これまで、労働市場に出てこなかった人、高齢者や主婦など女性、25歳から54歳ぐらいの男性、かもしれませんし、失業していた人かもしれません。中生産性・中賃金部門や低生産性・低賃金部門からの転職者もいるでしょう。この部門でもタイト化を反映して全く賃金が上がらないわけではありませんが、上がり方は低めになるでしょう。

比較的上がりやすいのは、中生産性・中賃金部門です。中小企業の正社員、フルタイムの労働者を考えるといいでしょう。高生産性・高賃金部門と同じように、あるいはそれ以上に採用基準を緩和することはできます。しかし、労働市場に出てこなかった人、失業していた人に対するアピール力は高生産性・高賃金部門よりどうしても劣ります。また、転職してくるのは低生産性・低賃金部門からに限られます。その上、自分のところから高生産性・高賃金部門に転職してしまう労働者が出てきます。今いる労働者の転職を防ぎ、人手を集めるためには高生産性・高賃金部門に見劣りする賃金を引き上げざるを得ません。

予想がつくと思いますが、賃金が一番上がりやすいのは低生産性・低賃金部門です。時給が職業経験も社会人経験もない高卒初任給並みのパートタイム労働者、アルバイトをイメージしてください。採用基準を緩和することはできます。これまでなら雇わなかったごく短時間しか働かない女性、学生、高齢者がターゲットになるでしょう。また、見栄えのいい履歴書をかけない男性も対象になります。経験不問といった求人も出すことになるでしょう。しかし、中生産性・中賃金部門への転職もありますし、採用の際の競合もあります。賃金を維持したまま採用を増やすのには限界があります。賃金を引き上げざるを得ません。

なお、賃金構造基本統計調査によると、2016年の高卒の初任給(所定内給与)は、企業規模計、産業計で男子16万3千5百円、女子15万7千2百円です。所定内労働時間を160時間程度とすると、1時間当たり約千円です。

なお、次の平均賃金の話の前提として統計を読むときの注意を。パートタイム・アルバイトの場合、上がるのは時給です。短時間しか働かない労働者が多く採用され、比較的長く働くのに障害がなく実際にも働いていた労働者が中生産性・中賃金部門にフルタイムとして転職していっていなくなると平均的な労働時間が短縮されます。このため時給が上がっても月当たりの賃金は横ばい、あるいは逆に下がるということがありえます。

パートタイム労働者も含めた労働者全体の月当りの平均賃金はどのように変化するでしょうか。高賃金部門、中賃金部門での賃金上昇は、それが緩やかなものであっても平均賃金を上げる方向に働きます。ただ、パートタイム労働者については時給が上がる効果と労働時間が短くなる効果で月当たり賃金が上がらなければ、平均賃金引き上げには効果がありません。また、高賃金部門、中賃金部門での労働者の増加が労働者全体の中でのウェイトの上昇につながるなら、平均賃金引き上げに働きます。労働者が部門間で移動するだけならこのような部門での労働者数の増加は、ウェイトの上昇に直結します。しかし、パートタイム労働者などの低賃金労働者の数も増えていきます。その伸び率が、高賃金、中賃金部門の労働者数の伸び率を上回れば、平均賃金は押し下げられます。

なお、採用基準の緩和によって、これまでなら採用されなかった人が採用された場合には、賃金が低いことが予想されます。これは平均賃金を押し下げることになります。雇用拡大と賃金引下げが両立することになります。

毎月勤労統計で見る労働経済(2017年2月確報)」で示したように、現在の日本経済はこのような状況にあります。高中賃金のフルタイム労働者の月当たり賃金は前年同月比0.4%の緩やかな増加です。平均賃金の押し上げ要因になっているのです。低賃金のパートタイム労働者の1時間当たり所定内給与はフルタイム労働者の上昇率を大幅に上回って2.3%も高くなっています。しかし、労働時間も2.3%減っているため月当たりにすると、パートタイム労働者の所定内給与は横ばい、現金給与総額は0.2%の減少です。平均賃金押し上げの要因にはなっていません。

そして、フルタイム労働者の数もパートタイム労働者の数も増えているのですが、伸び率がフルタイム労働者の2.0%に対しパートタイム労働者は3.2%で、パートタイム労働者の方が高くなっています。月当たり平均賃金を押し下げる方向に働いています。

これらの組み合わせの効果として、労働者全体の賃金、現金給与総額の増加率は0.4%と低いものになっています。

日本銀行関係者などでこれにいら立っている方がいるようです。CPIの2%上昇という目標との関連でしょう。インフレ率にコスト面から影響するのは月当たり賃金ではなく時間当たり賃金です。これを求めるためには、フルタイム労働者の時間当たり賃金とパートタイム労働者のそれを、労働者数ではなくこれに平均労働時間をかけた労働投入量で加重平均する必要があります。フルタイム労働者の時間当たり賃金も上がっていますし、先に述べたようにパートタイム労働者の時間当たり賃金は高い伸びです。そして労働投入の伸びはフルタイムの方が高くなっています。結果として時間当たり賃金は、1月は1.4%、2月は0.9%と比較的高い上昇率です。

さて、「人手不足なのに平均賃金があまり上がらないのはなぜか?」という問いに私なりの対する答えです。

まず、月当たり賃金については、労働者数も労働投入もかなり高い伸びを示しており、そもそも人手不足ではないでしょう。完全失業率がいくら低くても、これまで労働市場に出てきていなかった働き盛りの男性や高齢者などが働き始めているのです。完全失業率だけで労働市場を判断すると間違うでしょう。人口全体を見る必要があります。次に賃金は緩やかですが上がってきています。労働市場がある程度タイトになれば、ある程度賃金は上がるのです。完全雇用になるまで賃金は上がらないということはありません。ただ、本当に短時間の労働者が増えてくると横ばいになる可能性はあります。その場合も時間当たり賃金は上がるでしょう。すでに、月当たり賃金以上に上がっています。

当面は、労働者数、労働投入どちらも増えていきながら、月当たり平均賃金は緩やかに増加し、時間当たり平均賃金はそれよりやや高めの上昇になるでしょう。本当に人手不足になるためには、働き盛り男性の労働市場への復帰は完了し、女性の労働力率の上昇が一服し、短時間だけなら働けるという高齢者も全部雇われたときでしょう。そうなれば、賃金は大きく上昇し始めるでしょう。

(続く)

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