社会人のための『新しいマクロ経済学』解説 その14
「社会人のための『新しいマクロ経済学』解説 その13」で予告したように、今回はこれまでの整理をします。
(2.31)式で示される差分方程式体系で、「『資本がいかに蓄積されていくのか?』と『資産価格がいかに決定されるのか』」が決まるのですが、この式がどのような仮定に基づいているのかの整理です。
お読みになる方に、お願いがあります。大きな紙を用意してください。私の好みでは、A4のノートを広げてA3のサイズ位が適当です。以下に出てくる式をフローチャートのようにメモしていってください。
斎藤誠先生は、(2.31)のそれぞれの式に名前を付けていらっしゃらないのですが、引用が難しいので、便宜のため、この後テキストの順番に(2.31.a)、(2.31.b)、(2.31.c)、(2.31.d)式と呼ぶことにします。これらの式が終点で、出発点には何があるのかを見るのかが、今回の眼目です。では、始めましょう。
1 (2.31.a)式の導出
(2.31.a)式は、(2.30)式です。
第1段階
仮定1,2から(2.13)式の生産関数が導き出されます。なお、生産には資本が必要であるという稲田の条件(仮定9)〔(2.15)式〕も使われていますし、名前は何もつけられていないと思うのですが、生産には労働が必要であるという仮定も使われています。
第2段階
(2.13)式の生産関数に、この関数が一次同次である(規模に関する収穫一定)という仮定5を付け加えることにより、労働1単位あたりの生産関数(2.14)式が得られます。
第3段階
これに、家計は常に1単位の労働を供給するという仮定6、労働市場は常に均衡するという仮定8、そして家計が資本を所有するという仮定(これを仮定13とします。)、企業が利潤極大化行動をとるという仮定(これを仮定14とします。)を置くと、(2.17)式、つまり資本のレンタル料の決定式、が得られます。
第4段階
(2.17)式と(2.13)式の一人当たりの生産関数から、生産されたものから資本のレンタル料を差し引いたものが実質賃金となるという(2.18)式が求められます。
第5段階
企業の資本需要が家計の資本供給に等しいという(2.29)式、これを仮定15とします。これと(2.18)式を、家計の予算制約式(2.19)に代入すると、(2.30)式が得られます。最初に書いたようにこの式が(2.31.a)式です。
家計の予算制約式(2.19)は、一見すると物理的に当然の結果のように見えますが、家計が自らの資本を廃棄しないことが前提になっています。これは後ほど説明する家計が効用を極大化するということから導かれます。もう一つの前提があり、外部の力で家計から資本が奪われないという仮定です。所有権が尊重され、治安が維持され、戦争もない平和な世界が仮定されています。このような世界を維持するために、財、サービスが必要だとすれば、このモデルとは異なるモデルが必要になります。
2 (2.31.b)式の導出
第1段階
(2.10)式で示される次世代の効用も考慮した効用関数(これを仮定16とします。なお、テキストでは自明とされていますが、ρが一定、効用が消費の増加関数である、現世代の効用は全世代の効用の増加関数であるということも仮定16に含めます。)から、(2.11)式の無限期間の消費に依存する効用関数が導き出されます。
第2段階
これと家計は効用極大化を図るという仮定(これを仮定17とします。)から(2.20)式、オイラー方程式が導かれます。
第3段階
このオイラー方程式と1の第3段階で導き出した(2.17)式(資本のレンタル価格の決定式)から(2.31.b)式が得られます。
従って、(2.31.b)式を導くためには(2.17)式を導くために用いたすべての仮定が必要です。注意してください。
3 (2.31.c)式の導出
(2.31.c)式は、(2.21)式です。これは家計の費用と便益から価格と効用のバランスを示す式です。この式の背後には、家計が効用を極大化するという仮定(仮定17)があります。
4 (2.31.d)式の導出
(2.31.d)式の導出はかなり複雑です。この式は(2.28)式、広義の横断条件を示す式です。
第1段階
(2.31.d)式≡(2.21)式を(2.31.b)式に代入して(2.22)を得ます。この式は、家計が現在価格で表した資産の収益率が時間選好率に等しくなるように消費を配分するという式、つまり現在価格で示したオイラー方程式です。この式から(2.27)式が導かれます。
第2段階
家計が効用を極大化するという仮定(仮定17)と消費の限界効用がせいであるという仮定(仮定16)から狭義の横断条件、つまり家計が所得を使いの超すことはないと言う条件が導かれます。
また、非ポンジー条件、無限期間をとれば所得以上の消費はできないが仮定されます。これを仮定18とします。
また、(2.31.d)式の導出の際に用いた家計の予算制約式(2.19)を一般化すると(2.24)式が得られます。
第3段階
第2段階で得た狭義の横断条件、非ポンジー条件、一般化された家計の予算制約式、(2.24)式から(2.25)式の第2項がゼロということが分かります。これを変形すると(2.26)式になります。
第4段階
第1段階で得た(2.27)式と第3段階で得た(2.26)式から(2.28)式、つまり(2.31.d)式が導かれます。
さて、紙にフローチャートを書いていただけたでしょうか。四つの式ごとに色を変えてどの仮定に行き着くかを逆にたどってみてください。かなり入り組んでいることが分かるはずです。
このモデルでは、生産物市場が均衡することを大前提とし、労働市場も含んだ生産の条件、家計の予算制約、この二つの制約の下で、場合、家計が効用極大化の行動を取り、ると言うのが基本です。普通に考えると生産条件は家計に対する制約ではなく企業への制約ですが、このモデルでは企業は家計の一側面に過ぎないので、家計への制約となります。
では、まず、市場が均衡するという大前提はどの式に向かっているのでしょう?フローチャートを見れば分かるように(2.31.a)式です。
次に、生産の条件がどの式に向かっているかを見ましょう。この条件は(2.17)式に集約され、(2.31.a)式と(2.31.b)式に流れ込んでいきます。
さらに、家計の予算制約式(2.19)は、(2.31.a)式と(2.31.d)式
に流れ込んでいます。
最後に、家計が効用を極大化するという仮定は、直接(2.31.c)式に流れ込むと同時に、オイラー方程式を通じて(2.31.b)式と(2.31.d)式
に流れ込んでいます。
整理するとこうなります。
(2.31.a)式 生産物市場の均衡、生産条件、家計の予算制約から
(2.31.b)式 生産条件、効用極大化から
(2.31.c)式 効用極大化から
(2.31.d)式 効用極大化、家計の予算制約から
ただし、企業が利潤を極大化するという生産の条件が、効用極大化から導かれると考えると、(2.31.a)式も家計の効用極大化から導かれることになります。また、同様に家計が常に1単位の労働を供給するというのが効用極大化の結果であるとすれば、やはり(2.31.a)式も家計の効用極大化から導かれることになります。労働供給を内生化するとすべての式が家計の効用極大化から導かれることになるのではないかと思います。
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