社会人のための『新しいマクロ経済学』解説 その12
「社会人のための『新しいマクロ経済学』解説 その11」の続きです。
今回は、「2.2.6 終点条件:横断条件と非ポンジー・ゲーム条件」です。
オイラー方程式からは、効用を最大化するためには、各期の消費の水準がどのようなバランスを保っていなければならなかがわかります。しかし、このようなバランスを保つ各期の消費の組み合わせは一つではありません。
各期の消費の絶対的な水準を定めるためには、全期間を通じた消費の割引現在価値の額を決める必要があります。この額とオイラー方程式で決まるバランスから各期の消費水準が決まります。ここでは永遠に生き続ける個人を想定しているので、全期間とは無限の期間を指します。
わかりやすく説明するために、テキストでは、まず、二期間のモデルで説明がされています。
このモデルでは家計の所得は賃金と減価償却費用を差し引いた後の資本のレンタル料です。家計が最初に持っていた資産と所得を使い切らないとすると、使わなかった所得が資産の形で残ります。もし、この資産を残さずに消費すれば効用は大きくなっていたはずですから、この場合は効用を極大化していないということになります。これは合理的な行動ではありません。
合理的であれば初期資産と所得を使い尽くすのです。これが横断条件(transversality cnndition)です。
では、逆に使いすぎる場合はどうかということが次の問題になります。消費が増えるのですから効用は増加するので、この個人にとっては合理的です。しかし、「この消費者は自らの所得以上に消費をしたため負債を残して生涯を終えることになる。貸した先が負債を残すことを承知の上でみすみす資金を融通する人はいないので(中略)実際には起こりえない。」と説明されています。この説明では「資金を融通」とありますが、このモデルで考えると「資本を貸し付ける」ではないかと思います。
さてこの貸し付けないという行動は一見すると効用極大化と無関係なように見えますが、実際には所得の減少が消費の減少、ひいては効用の減少をもたらしますから、貸し付けないという行動は効用の極大化から導かれるものです。
この「消費者が負債を残す可能性を排除してしまう条件を非ポンジー・ゲーム条件と呼んでいる。」
もし二人の個人からなる経済を考え、寿命が同じ時に終わると考えると、一方が貸し付けを受けたままであるということは、他方が初期資本と資本を使い尽くさないということと同じですから、やはり、効用極大化から横断条件と同様に非ポンジー・ゲーム条件が導かれることになります。
次に、多期間の場合を考えます。最終的には、(2.25)式を導きます。次のように四段階に分けて考えると理解しやすいのではないかと思います。
第一段階 t期間への拡張
(2.19)式で示される二つの連続した期間についての予算制約式は、連続する二つの期のどれをとっても成立しています。
従って、
at+j=at+j-1(1+xt+j-δ)+wt+j-ct+j (1)
も成立していますし、同様に次のように1期前についても成立しています。
at+j-1=at+j-2(1+xt+j-1-δ)+wt+j-1-ct+j-1 (2)
さらに、期を元に戻していっても(t期に近づけていっても)成立しています。
これを利用してatを説明する式を整理していきます。
まず、最初にatについては(3)式が成立しています。
at=at-1(1+xt-δ)+wt-ct (3)
ここでは、家計の持つ今期末の資本atが前期末の資本at-1と今期の資本の収益率(1+xt-δ)、今期の賃金wt、今期の消費ctによって表されています。資本の収益率は減価償却後のものです。
1期前についても同じように前期末の資本at-1について次の式が成り立っています。
at-1=at-2(1+xt-1-δ)+wt-1-ct-1 (4)
この式を、(3)式の右辺第1項に代入します。すると(5)式が得られます。
at={at-2(1+xt-1-δ)+wt-1-ct-1}(1+xt-δ)+wt-ct (5)
すると、家計の持つ今期末の資本atが前前期末の資本at-2と今期の資本の収益率(1+xt-δ)、前期の資本の収益率(1+xt-1-δ)、今期の賃金wt、前期の賃金wt―1、今期の消費ct、前期の消費ct―1によって表されることになります。
右辺の資本は1期前のものに入れ替わりましたが、資本の収益率、賃金、消費は元のものが残ったまま1期前のものが付け加わっています。
1期前の資本には今期と前期の収益率が掛け合わされています。そして、前期の賃金wt―1、前期の消費ct―1には、今期の収益率がかけられています。
このような作業を繰り返し、右辺の資本を1期づつ前のものに置き換えていくと、最後には家計の持つ今期末の資本atを初期の資本a0と第1期から今期までの資本の収益率、賃金、消費によって表すことができます。
その式は、次のようなものになります。
at={a0(1+x1-δ)(1+x2-δ)(1+x3-δ)・・・(1+xt-δ)}
+[{w1(1+x2-δ)(1+x3-δ)・・・(1+xt-δ)}
+{w2(1+x3-δ)(1+x4-δ)・・・(1+xt-δ)}
+{w3(1+x4-δ)(1+x5-δ)・・・(1+xt-δ)}
+・・・
・・・
+{wt-1(1+xt-δ)}
+{wt}]
-[{c1(1+x2-δ)(1+x3-δ)・・・(1+xt-δ)}
+{c2(1+x3-δ)(1+x4-δ)・・・(1+xt-δ)}
+{c3(1+x4-δ)(1+x5-δ)・・・(1+xt-δ)}
+・・・
・・・
+{ct-1(1+xt-δ)}
+{ct}] (6)
この式では、同じ期の賃金と消費には同じ係数がかけられていることに注意して下さい。
この式の経済的な意味を考えてみましょう。(6)式の右辺は次の3つの部分からなっています。
第1の部分・・・資本に関する部分(収入に関する部分です。)
初期の資本a0に第1期から今期までの資本の収益率をかけたもの。これは初期の資本が第1期から第t期まで運用されてきた結果、t期末にどれだけの資本になったかを示しています。
第二の部分・・・賃金に関する部分(これも収入に関する部分です。)
第1期から第t期までの各期の賃金(たとえば第1期の賃金)に、その期の次の期(第2期)から第t期までの資本の収益率をかけたものを計算し、合計したもの。
これは各期の賃金をその期の次の期から運用した結果、どれだけの資本になっているかを示すものです。賃金を運用した結果、形成された資本です。
第三の部分・・・消費に関する部分(これは支出に関する部分です。)
第1期から第t期までの各期の消費(たとえば第1期の賃金)に、その期の次の期(第2期)から第t期までの資本の収益率をかけたものを計算し、合計したもの。これをさらに負にしています。
これは各期に消費をせずに、その期の次の期から運用していれば、どれだけの資本が形成されていたかを計算し、それを負にしたものですから、消費したため蓄積されなかった資本の額です。
第二の部分と第三の部分を合計すると、第1期から第t期までの各期の賃金から消費を差し引いたもの、つまり各期に蓄積された資本をt期まで運用し続けた結果、t期末にどれだけの資本が形成されたかを示すものとなります。
これを第一の部分に足すと、初期の資本をt期まで運用した結果蓄積された資本と、毎期蓄積された資本をt期まで運用した結果蓄積された資本の合計となります。
このように(6)式は、これがt期末の資本に等しいというt期までの全期間についての予算制約を示すものです。
第2段階 第1期の割引現在価値への引き戻し
(6)式はt期末の資本の額を示す式ですが、これを第1期の期初の割引現在価値に置き換えることができます。具体的には第1期から第t期までの資本の収益率をかけたもので割ります。左辺も右辺のすべての項を割ります。
すると、この式は
第t期末の資本の割引現在価値=第1期初めの資本+第1期から第t期までの賃金の割引現在価値-第1期から第t期までの消費の割引現在価値
となります。
第3段階 消費の項の移項
上の式の右辺の消費の項は負になっています。これを左辺に移項します。
すると、次のような式になります。
第1期から第t期までの消費の割引現在価値+第t期末の資本の割引現在価値=第1期初めの資本+第1期から第t期までの賃金の割引現在価値
この式の右辺と左辺を入れ替えると
第1期初めの資本+第1期から第t期までの賃金の割引現在価値
=第1期から第t期までの消費の割引現在価値+第t期末の資本の割引現在価値
となります。
第4段階 無限期間への拡張
無限期間の予算制約にするため、上の式でt→∞とします。
これが(2.25)式です。
次回は、(2.25)式の説明を続けます。
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