社会人のための『新しいマクロ経済学』解説 その33
「社会人のための『新しいマクロ経済学』解説 その32」の続きです。
(注)赤字は指数です。
今回は「2.4.2 世代重複モデル(overlapping generations model:OLG model):成長しないバブル」から始めます。
利他的な関係で各世代が結びついていることを前提にした無限に生きる個人モデルでは、資本を過剰に蓄積してしまい後の世代が消費を抑制せざるを得なくなるのを前世代が防いでいました。そして、資産価格のバブルが無限に成長する可能性は排除されました。また、定常状態や均衡経路が一意に決まるなどの特徴を持っていました。
各世代が利他的な関係で結びついていない場合には、何が起こるでしょうか?
テキストの「2.4.3 簡単なケース」で設定されている簡単な世代重複モデルを、まとめると次のようになります。
1 生存期間は2期
2 効用は自分の若年期の消費と老年期の消費にのみ依存して決まる。利他性はありません。ここが重要なところです。
1と2から、世代間の貸借が不可能になっています。若年期に老年期の世代から借り、自分が老年期になったとき返そうと考えたとします。返すときには借りたときに老年期であった世代は死んでしまっています。そこで財を渡されても死後に消費することはできませんし、効用も得られません。それでも、借りた人の子孫に返すことはできます。子孫にとってはこれは遺産の相続です。そこで、子孫が返済を受けて、消費をするとしましょう。このとき、利他性がないという仮定から、貸した本人の効用水準は高まりません。このように、老年期世代にとっては貸さずに、自分で消費し、効用水準を上げるのが合理的です。したがって、老年期世代は貸してくれません。また、老年期に借りようと思っても返済するときには自分が死んでしまっています。それなら借金を返すために遺産を残すより、消費してしまう方が合理的です。したがって、返済前に死ぬ相手に貸してくれる人はいません。OLGモデルでも、生存期間が3期であれば異なる世代間での貸借の可能性は出てきます。貸借は可能なのですが。注意が必要なのは、同一世代の間で、若年期の貸借は可能だということです。
3 効用関数は(2.50)式で表されるものです。この効用関数は(2.11)式のものとは全く違う形になっています。変形すると,
U=lin(cyt×cot)
となり、各期の消費の積によって効用が決まります。この形の場合、若年期と老年期で消費額が同じである場合に効用は高くなります。どちらかの期に消費をゼロにすると効用はゼロになってしまいます。消費に変動がない方が効用が高いのです。
無限に生きる個人モデルで使った、各期の消費に応じて各期の効用が決まりそれを時間選好率で割り引いた上、合計して効用が決まるというものではありません。この関数では効用の時間割引率といった概念は出てきません。
4 人口成長はなく、一人の生存期間が終わると、一人が誕生します。
5 若年期には、1単位の労働を供給して、賃金所得wtを得て、それを消費ctと貯蓄stに振り分けます。
6 貯蓄は実物投資に充てられ、減価償却後の投資の収益率はrt+1とします。
(注)テキストでは利子rt+1となっていますが、資本財への投資なので収益率が正しいと思われます。また、仮に利子と捉えるとしても、(2.51)式との整合性を考えると利子率となるはずです。
7 老年期には労働しないとします。利他性がないことと効用関数の形から分かるように老年期には若年期の貯蓄とその収益をすべて消費するのが合理的です。若年期に蓄積された実物資産とその収益は残らず消費され、遺産としては残りません。当然ですが、遺産相続は発生しません。重要なのは、この社会で生産のために利用可能な実物資本は前期に蓄積されたものだけであるということです。前々期に蓄積されたものは前期に取り崩され消費されてしまっています。
8 以上の仮定から、予算制約式は(2.51)となります。
9 生産関数は(2.53)式で表されるものとします。コブダグラス関数ですからαは競争市場での資本の分配率です。資本は1期で100%減耗するものとします。極端な仮定のようですが、簡単化のためと理解してください。前期に蓄積された資本(前期の貯蓄の元本)は今期の生産ですべて失われ、今期生産された財だけが残ります。そしてこれが消費に回されます。
10 経済は完全競争の状態にあるものとします。
11 各市場は均衡しているものとします。
以上の仮定から、この経済モデル動学経路を求めるのが「2.4.4 動学的な経路」の課題です。
この予算制約式(2.51)の下で、効用関数(2.50)を最大化するには、(2.52)という条件が必要です。若年期の賃金所得の半分が貯蓄されるという面白い条件です。
ラグランジュの乗数法を使い、制約条件付きの最大問題を条件の付かない最大問題に転換します。
f(cyt,cot,λ)=lncyt+lncot+λ{(1+rt+1)(wt-cyt)-cot}・・・・・・・・〔1〕
〔1〕式をcytで偏微分して0と置きます。すると、
df/dcyt=1/cyt+λ{(1+rt+1)×-1}=0・・・〔2〕
同様に、〔1〕式をcotで偏微分して0と置くと、
df/dcot=1/cot+λ(-1)=0・・・〔3〕
となります。
このようにして得られた〔2〕式から
1/cyt=λ(1+rt+1)・・・〔4〕
同様に〔3〕式から、
1/cot=λ・・・〔5〕
となります。〔4〕式に〔5〕式から得られたλを代入すると、
1/cyt=1/cot×(1+rt+1)・・・〔6〕
となります。両辺にcyt×cotを掛けて、
cot=cyt×(1+rt+1)・・・〔7〕
となります。
さて、cyt=wt-sytであるので、これを代入すると、
cot=(wt-syt)×(1+rt+1)・・・〔8〕
となります。
一方、(2.51)式はcot=(wt-cyt)×(1+rt+1)です。この式の左辺と〔8〕式の左辺は等しいので、右辺同士も等しいことになります。なお、1+rt+1=0である場合には
(wt-syt)×(1+rt+1)=(wt-cyt)×(1+rt+1)・・・〔9〕
従って、収益率rt+1が-1でない限り、
wt-syt=wt-cyt
syt=cyt・・・〔10〕
つまり若年期の貯蓄は消費に等しいのです。若年期の所得wtの半分が貯蓄(消費)されることを意味します。
なお、証明の仮定から分かるとおり、1+rt+1=0である場合にはこれが成り立つとは限らなくなります。
これを式で表すと、(2.52)式となります。これは貯蓄(消費)行動を示します。貯蓄関数です。これが資本の動学的経路を決めるのに重要な役割を果たします。ここで、この条件は収益率が-1でない限り、どのような値でも成り立つことに留意してください。
生産関数の仮定から、(2.54)式、(2.55)式が得られます。これが労働、資本の限界生産性を示します。賃金、収益率の決定式です。
(2.56)式と(2.57)式は労働市場と資本市場の需給均衡条件を示します。
まず、(2.54)式に(2.56)式、労働市場の均衡条件を代入します。すると
wt=(1-α)kt-1α
となります。これに(2.52)式、貯蓄関数を代入します。
2st=(1-α)kt-1α
これから、
st=1/2×(1-α)kt-1α
となります。ここで(2.57)式、資本財市場の均衡条件を考慮すると、
kt=1/2×(1-α)kt-1α・・・(2.58)
となります。この式は連続する2期の資本kの関係が示されています。資本の蓄積経路です。技術的条件αが与えられ、前期の資本kt-1が決まれば、今期の資本ktが決まります。指数関数ですから、ktの増加関数であり、kが大きくなるにつれkの増加幅は小さくなります。
このように、このモデルではソローモデルと同じように技術的な条件だけで、動学経路が決まります。しかし、その背景には効用を最大化するという個人の行動があり、ミクロ的基礎を持っていることに気をつけてください。
まず、定常状態が一つでも存在するかどうかを検討します。
(2.58)でkt-1=kt=ksと置けば、定常状態の資本ksが得られます。
ks=1/2×(1-α)ksαですから、
2=(1-α)ksα―1
2/(1-α)=ksα―1
〔2/(1-α)〕1/(α―1)=ks・・・(2.59)
定常状態は少なくとも一つは存在します。
指数関数の特性から、第1期の資本の水準がどうであっても、定常状態に達します。
つまり、定常状態は安定しています。
このような定常状態は動学的に効率的であるのか?を検討するのが、「2.4.5 定常状態の特性」です。
黄金律の水準kgでは減価償却率と資本の限界生産性が等しくなります。このモデルではこの条件は(2.25)式の左辺をゼロ、右辺のlを1とおいたものになります。次の式です。
1=αkgα―1・・・・・〔11〕
α-1=kgα―1
(α-1)(1/α-1)=(kgα―1)(1/α-1)
(α-1)(1/α-1)=kg
α(1/1-α)=kg・・・・・(2.60)
これが黄金律の水準で、定常状態と同じく技術的な条件によって決まります。
これが(2.59)式で表された定常状態と一致する技術的な条件は
kg=ksですから、
α(1/1-α)=〔2/(1-α)〕1/(α―1)
です。右辺の指数部分を書き換えると、
α(1/1-α)=〔2/(1-α)〕-1/(1-α)
ですから、
α=〔2/(1-α)〕-1
α=(1-α)÷2
これをとくと
α=1/3・・・・・(2.61)
です。
αが1/3を越えると定常状態での資本は黄金律より低くなります。逆に高くなると黄金律より高くなり、動学的に非効率になります。つまり過剰な資本蓄積が起こります。
さて、このように技術的な条件、それも極めて成立しにくい条件が整った場合だけ定常状態と動学的な効率が最も高い黄金律が一致すると言うことはどういうことを意味するでしょうか。それはこのモデルでは「資本の生産性が低い場合、競争市場が必ずしも効率的な資源配分を生み出さない」ということです。
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