「伊東光晴著 『現代に生きるケインズ』」について

伊東光晴著 『現代に生きるケインズ』」で、取り上げたこの本について、 econ-economeさんが、「『現代に生きるケインズ モラルサイエンスとしての経済理論』を読む」という非常に分かりやすい、的確な解説を書かれています。 同時に、大きな問題の提起もされています。「現代のマクロ経済学はルーカス批判に耐えうる理論の要請という流れの中で、フォワードルッキングな期待形成を前提としつつ、将来の経済動向を見通したなかで最適化行動を行うという主体を基礎におきながらモデル構築が行われている。このようなケインズ経済学再構築の試みについて(引用者注 伊東)氏はどのような感想を抱いているのか、興味あるところである。」 「フォワードルッキングな期待形成を前提としつつ、」というのは、私は「フォワードルッキングな期待形成を仮定しつつ、」だと理解しています。そしてその極端な形がすべての主体が合理的期待形成を行うという仮定でしょう。極端なというのは、悪い意味で使っているのではありません。もっとも純粋なといった意味合いだと、受け止めてください。 この仮定と、おそらくこの仮定と非常に密接な、関連を持つ仮定が、労働市場での需給は長期的には一致するというものでしょう。これは、新古典派の流れになるのではないかと思いますが。 svnseeds さんが翻訳されている「科学者とエンジニアとしてのマクロ経済学者」で、Mankiw先生が、「現代的なマクロ経済の研究が実際の政策決定に広く用いられてはいないという事実は、それがこの目的にはあまり役に立たないという一応の証拠となっている。こうした研究は、科学としては成功したかもしれないが、マクロ経済のエンジニアリングには顕著な貢献はしなかった。」(svnseeds さんの訳を一部変えています。)と述べられています。 まさに、道徳科学とエンジニアリングには、現実に影響を与え、改善するという問題意識が共通しているのでしょう。 現実に政策を考える場合の問題は、先に述べた仮定がどの程度現実に満たされているかということでしょう。満たされていないとすると、誇張した表現になりますが、理論的には美しく、レファレンスポイントとしては(そしてそのためと、学者が論文を書くためと、学生の訓練のためだけに)使える、こういう評価になるのではないでしょうか? 人気blogランキングでは「社会科学」の39位でした。今日も↓クリックをお願いします。 人気blogランキング