社会人のための『新しいマクロ経済学』解説 その27

社会人のための『新しいマクロ経済学』解説 その26」の続きで、「2.3.3 トービンのqと投資関数」の解説です。 学生時代にトービンのqを習った方は、企業の投資行動を説明する理論として理解されていると思います。このテキストでは、これを代表的個人の最適化行動の結果としての投資を説明する理論として組み立てています。ミクロ的な基礎をもつ投資理論に再構築しているともいえます。 注意が必要なのは、テキストでは金融資産が存在していないことを前提にしていることです。今期生産した財についての個人の選択は(資本)財を消費するか、消費せずにレンタルに出すかの二つに限られます。また、これまでレンタルに出している資産については、レンタルを取りやめ消費するか、引き続きレンタルに出すかの選択です。 Ⅰ (2.39)式 代表的個人が効用最大化のために最適な行動をとったときの均衡条件を表したのが(2.39)式です。これまでに成り立つことが分かっている資本のレンタル価格を含む二つの式からが成り立つことが分かっています。この式をこれらの式から導き出します。 第1本目の式は、(2.17)式です。これは資本の限界生産性が資本のレンタル価格に等しいという企業にとっての資本の最適水準を示す式でした。二本目は、(2.22)式、オイラー方程式です。これは、消費の限界費用と限界便益が等しくなるように隣り合う二つの期の消費水準の比を決定する式でした。消費者の異時点間資源配分を決める重要な式です。 この二つの式から、個人の効用を最大化するためにどのように投資すべきか、その必要条件を導き出します。 まず、前向きの解を求めます。いくつかのステップを踏みます。 第一段階 (2.22)式の両辺をpt倍して、次の式を得ます。 ρp=pt+1―p+pt+1(xt+1-δ) 右辺のptを移項します。 (1+ρ)p=pt+1+pt+1(xt+1-δ) 両辺を(1+ρ)で割ります。 p=pt+1/(1+ρ)+pt+1(xt+1-δ)/(1+ρ)・・・(1) この式は、現在の(資本)財の価格pを、1期先の(資本)財の価格と1期先の資本のレンタル料という二つの将来価格と時間選好率で説明したものです。つまり、フォワードルッキングの発想で説明しています。 ここで、右辺の第1項には1期先の(資本)財の価格と時間割引率だけが含まれており、1期先の資本のレンタル料が含まれていないことに注意してください。第2項には1期先の資本のレンタル料も含まれています。完全にフォワードルッキングに説明するのであれば、将来の資本の収益を基本に現在の資本の価格を説明しなければなりません。将来の収益とは関係のない部分が価格に含まれていてはいけないのです。従って、第1項をどうにかしなければなりません。これが第2段階の課題です。 第2段階 (1)式のような1期先の価格による説明は、t期とt+1期との間でだけ成り立つものではなく、t+1期とt+2期の間でも成り立ちます。これを(2)式とします。 pt+1=pt+2/(1+ρ)+pt+2(xt+2-δ)/(1+ρ)・・・(2) (1)式の第1項を消すために(2)式をこの項に代入します。第2項は消す必要がありませんからそのままにしておきます。するとこうなります。 p={pt+2/(1+ρ)+pt+2(xt+2-δ)/(1+ρ)}/(1+ρ)+pt+1(xt+1-δ)/(1+ρ) この式の第1項を資本のレンタル料を含まない項と含む項に分割します。こうなります。 p=pt+2/(1+ρ)2+pt+2(xt+2-δ)/(1+ρ)2+pt+1(xt+1-δ)/(1+ρ)・・・(3) 残念ながら、この式でも第1項には2期先の(資本)財の価格と時間選好率だけが含まれています。どうにかしなければなりません。 (3)式と(1)式を比べて見ましょう。左辺の価格はt期のままです。それを説明する右辺の第1項の分子の価格は1期先から2期先へと変化しており、同時に分母の1+時間選好率は1乗から2乗へと変化しています。そして(1)式の第2項は(3)式の第3項に変わっています。新たに(3)式には、第2項が登場しています。これを(1)式の第2項(=(3)式の第3項)と比べると、期が1期先になり、1+時間選好率が1乗から2乗へと変化しています。 さて、期を1期ずらした式を作り、このような操作を繰り返し続けると、最終的に作られる式の右辺の第1項はこうなります。 limi→∞Pt+i/(1+ρ) 鞍点経路上、または定常常態にある場合(無限の将来を考えているので定常常態にあると考えても良いです。)、分子のptは一定の範囲内にあります。一方、時間選好率は性ですから、分母の(1+ρ)iは極限では無限大となります。すると、この項は極限ではゼロになります。 従って、1期づつずらしてゆく操作を続けることにより、極限では第1項を消してしまうことができます。 第3段階 すると残る項を整理して次の式が成り立ちます。 p=Σi=1,∞pt+i(Xt+i-δ)/(1+ρ) ここで、(2.17)式、f‘(kt-1)=xtを代入すると、(2.39)式となります。 この式の意味を考えてみましょう。現在1単位の消費を断念して投資したとき、その投資からは無限の将来にわたって減価償却を差し引いたレンタル収入(財です。)を得ることができます。「その収入の流れを1+時間選好率で割り引いた割引現在価値がその財の価格と等しいことが、代表的個人の効用最大化の必要条件である」これがこの式の意味です。 さて、市場で成立している価格pmtがこのフォワードルッキングな価格と一致しているとは限りません。市場価格とフォワードルッキングな価格に差があったとき、個人はどのような行動を取るでしょうか? フォワードルッキングな価格よりも(資本)財の市場価格が安い場合を考えて見ましょう。このとき、(資本)財を購入してレンタルすると、1単位の未満の消費を断念して、1単位の消費を断念に値する効用を得ることができます。従ってこの場合は、(資本)財を市場価格で購入して、それをレンタルに出す、つまり投資を行うべきです。 逆にフォワードルッキングな価格よりも(資本)財の市場価格が高ければ、自分の持つ(資本)財を売却して現在の消費に当てるべきです。 両者が一致しているときは、資本は最適な水準にあります。したがって投資も取り崩しも行わないことになります。 つまり、(資本)財の市場価格が(2.39)式のようになっていることが均衡条件、代表的個人のとっての最適な資本水準が達成されている必要条件です。テキストではフォワードルッキングな価格と(資本)財の市場価格を記号の上で区別していないので、(2.39)式がフォワードルッキングな価格を示す式なのか、(資本)財の市場価格とフォワードルッキングな価格が一致しているという均衡条件を示しているのかわかりにくいような気がしますが、このように考えると理解しやすいのではないかと思います。 Ⅱ (2.40)式 (2.39)式は、代表的個人が投資や資本の取り崩しを行うかどうかの分岐点を、時間選好率という主観的な要因で示した式でした。これを投資という行動にふさわしく、実質利子率を使い金融的な表現に改めたものが(2.40)式です。 (2.40式を(2.39)式から導いてみましょう。このために、(2.27)式と(2.36)式を使います。注意をしておいていただきたいことがあります。新たな仮定を導入しているように思われるかもしれませんが、そうではありません。(2.27)式は(2.22)式を変形しただけのものです。そして、(2.22)式は(2.39)式を導くために既に使われています。また、(2.36)式は単なる定義式です。したがって、(2.39)式と(2.40)式は、表現は違うけれども実は同じものです。 (2.27)式に(2.36)式を代入します。 1/(1+rt+1)=1/(1+ρ)×pt+1/p 両辺にptを掛けます。 p/(1+rt+1)=pt+1/(1+ρ)・・・(4) 期を一つずらしても同じですから、 pt+1/(1+rt+2)=pt+2/(1+ρ)・・・(5) も成り立ちます。(5)を(1+ρ)で割り pt+1/(1+ρ)(1+rt+2)=pt+2/(1+ρ)・・・(6) を得ます。(6)に(4)を代入すると、 p/(1+rt+1)(1+rt+2)=pt+2/(1+ρ) となります。 一般に、次の式が成り立ちます。 pt+i/(1+ρ)i =p/Πτ=1,i(1+rt+τ)・・・(7) この(7)式を(2.39)式に代入し、pをΣの外に出すと(2.40)式になります。 この式の意味を考えてみましょう。現在1単位の消費を断念して投資したとき、その投資からは無限の将来にわたって配当が得られます。この配当は限界生産物から減価償却を差し引いたものです。各期の配当を実質利子率で現在まで割り引き、現在価値を求めます。各期の配当の割引現在価値を合計したものは、この資産のファンダメンタルな株価(st)と考えることができます。これが(2.40)式の右辺の意味です。左辺は資本財の価格です。この二つが等しいことが、代表的個人の効用最大化の必要条件です。これがこの式の意味です。 (2.40)式を書き換えると、p=sです。トービンのqはq≡s/pと定義されます。これが(2.41)式です。(テキストでは等号になっています。) 代表的個人はp>s、つまりq<1なら資本を取り崩して、消費に充て、逆なら投資をします。一致していれば、何も行いません。 Ⅲ 投資関数 では、投資をする場合、その規模はどの程度になるのでしょうか?q=1となる資本の水準が最適な水準です。前期末の資本kt-1が今期に資本減耗したあとの資本とq=1となる今期末の望ましい資本の差、これを埋める規模です。これを示したのが、投資関数、(2.42)式です。 ここをクリック、お願いします。 人気blogランキング 人気blogランキングでは「社会科学」では36位でした。