社会人のための『新しいマクロ経済学』解説 その2
「社会人のための『新しいマクロ経済学』解説 その1」の続きです。
以下では、赤字はべき乗を青字は期を表します。
テキストを読み始める前に、今回と次回、テキストにはないミクロ的な基礎のない入門用マクロ動学モデルを考えて見ます。
このモデルは基本的には人口成長と技術進歩のないソローモデルです。学生時代にソローモデル習った方であれば、それを思い出してください。ソローモデルを復習したい方は「デービッド ローマー「上級マクロ経済学」(その1)」と「デービッド ローマー「上級マクロ経済学」(その2)」をお読みください。
習った記憶がない方はこのエントリーを読んでから、上のエントリーをお読みになったほうが分かりやすいと思います。
このようなモデルを取り上げるのは、こういう理由からです。まず、これは単純な理解しやすいモデルです。IS-LMモデルを習った方なら、容易に理解できます。このモデルによって、静学であるIS-LMモデルからミクロ的基礎付けのない動学へ移行します。動学特有の概念の説明をミクロ的基礎付けとは切り離して説明しますので、比較的分かりやすいはずです。次に、このモデルと新古典派成長モデルは、多くの共通点を持っています。このモデルにミクロ的基礎付けを与えると新古典派成長モデルに転換します。このモデルをあらかじめ見て置くことによって、ミクロ経済学的な基礎とは何か、それがなぜ必要なのか、合理的期待形成、あるいは期待形成をなぜ導入しなければならないのかが分かりやすくなります。
つまり、IS-LMモデル(静学)→ミクロ的基礎付けのない動学→ミクロ的基礎付けのある動学というステップを踏むことになります。
入門用モデル
このモデルは基本モデルを利用して作っていますので、基本モデルと同じ式は、テキストの式の番号を振っておきました。( )で示したのがテキストの式を再現したもの、【 】はこのエントリー独自の式です。
モデル
生産と労働市場に関する仮定(テキストの第2章第2節2に対応しています。)
仮定1 1種類の財が生産され、消費されるような経済(one sector economy)である。(この財の種類は将来とも変わらないとします。)
仮定2 生産された財は、消費財ばかりではなく資本財(生産に用いられる財)としても利用可能である。1財モデルです。
仮定3 今期の粗生産量Ytは、前期の資本(Kt-1)と今期の労働(Lt)の投入から決まる。
Yt=F(Kt-1,Lt) (2.12)
以下では粗生産を単に生産と書きます。
仮定4 労働と資本の限界生産性は、正で逓減していく。
F1,F2>0,F11,F22≦0
資本と労働は代替可能です。
仮定5 生産関数は、資本と労働に関して一次同次。つまり規模に関して収穫一定。資本も労働もα倍になれば、生産もα倍になります。
αYt=F(αKt-1,αLt)
仮定6 家計は賃金の水準にかかわらず、常に1単位の労働を供給する。理論的には、やや、違和感があるかもしれません。
仮定7 人口は成長しない。労働力は一定でN。外生である。
仮定8 労働市場は常に均衡している。言い換えると労働投入と労働供給は常に一致している。
N=Lt
この仮定の含意は、企業は前期の資本と今期家計が提供する労働をすべて用いて生産を行うということです。非自発的な失業は存在しません。これはケインズ的な世界との大きな違いです。新古典派的な仮定です。
仮定3、仮定5から、生産関数を労働者一人当たりの生産関数にすることができます。
仮定5のα=1/Ltと考えてください。
(1/Lt)・Yt=F〔(1/Lt)・Kt-1),(1/Lt)・Lt)
となります。少し整理すると
Yt/Lt=F(Kt-1/Lt,Lt/Lt)
となります。
Yt/Ltは一人当たりの生産量です。これをytとします。
Kt-1/Ltは今期の労働者一人当たりの前期の資本です。これをkt-1とします。
Lt/Ltは、1です。
上の式を書き換えると、
yt=F(kt-1,1)
となります。F(kt-1,1)=f(kt-1)と示すことにすると、
生産関数を一人当たりのものに書き換えると、こうなります。
yt=f(kt-1) (2.14)
この形を集約形(intensive form)と呼びます。
仮定9(稲田の条件)資本がなければ生産はできない。
f(0)=0、f’(0)=∞、f’(∞)=0 (2.15)
仮定10 資本の減耗率はδ。1>δ>0。δは定数です。(これは第2章第2節2に対応しています。)なお、δはギリシャ文字の小文字で、デルタと読みます。
入門モデル独自の仮定
仮定11 家計は、所得の一定割合βを貯蓄に、残る1-βを消費に振り向ける。ケインズ型の消費関数の場合消費は所得に比例する部分と所得に関わりなく一定の部分からなっています。この関数の場合、長期的に所得が増加し続けると、所得に対する消費の割合は低下していきます。しかし、アメリカの統計を見ると長期的に見て所得に対する消費の割合はほぼ一定でした。このため長期モデルとしてこのような仮定を置いています。大学時代に恒常所得仮説を学ばれた方も多いと思います。なお、ソローモデルでも同じような仮定が行われています。
注意していただきたいのですが、この消費関数にはケインズ型の消費関数と同じ特徴があります。それは今期の消費は、今期の所得にだけ依存して決まるということです。
仮定12 家計の貯蓄と同額の投資が行われる。セイ法則が成立しています。この部分はケインズ的な世界との大きな違いです。長期的には価格メカニズムが十分機能し、市場での調整が行われると考えています。「入門レベルの教科書では、名目価格が短期的には硬直的であると想定して短期経済をケインズ経済学の基本的なフレームワークであるIS-LMモデルで分析し、長期的には価格調整が完全になされると想定して長期均衡を新古典派的な成長モデルで記述するのが一般的である。」(p.1)と説明がありますが将に、これが当てはまるモデルです。
次回は、このモデルでの資本の蓄積経路と定常状態を検討します。
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