社会人のための『新しいマクロ経済学』解説 その5

社会人のための『新しいマクロ経済学』解説 その4」で、テキストに入るための準備は終わりました。いよいよ、第1章を読み始めましょう。

この章は「マクロ経済モデルの座標軸」と題されています。この章を読むとき、この章が序章ではないということに注意してください。現在のマクロモデルの概観をしている、あるいは大まかな地図である部分なので、この章が完全に理解できなければ、第2章が理解できないということはありません。

地図がなくとも山に登ることはできます。無理して全部理解しようと思わずに、ざっと読み、この本を全部読み終わってから読み直しても良いと思います。山に登り終わったとき、振り返ってみるために地図を見るのと同じです。また、この本を読んでいる途中で、時々読んでみるのも良いと思います。山登りの途中で、地図を見るのと同じです。

大事なのは、ともかく読み通すことです。分からないところにはしるしを付けておき、読み返したとき理解できるようになっているかどうかを、確認してみるのも良いと思います。

「IS-LMモデルの構造」と「新古典派成長モデルの構造」と題される二つの節が、第2章を読む上で重要です。社会人は「新古典派成長モデルの構造」が、良く分からないと思います。これは第2章で具体的にモデルを勉強した後、分かってくる部分です。後の部分の多くもそうです。分からないところがあっても気にせず、読み通し、あとで読み直しましょう。

さて、社会人はマクロ静学を習ったとき、新古典派ケインズ派の違いを、価格メカニズムへの評価、認識の差、価格の硬直性を認めるかどうかの差だと習ったかもしれません。

しかし、斎藤先生が「マクロ経済学の大混乱」で書かれているように、この点だけではなく「ケインズ経済学の標準的なIS-LMモデルと(中略)新古典派成長モデルはことごとく相反する内容をもってい」ます。

具体的には

1 時間の流れ

2 モデルの横断的広がり

3 モデルがミクロ経済学的な手法に忠実かどうか

などです。

さて、このテキストには、マクロ経済モデルにおけるミクロ経済学的な基礎(micro foundations)とは何かということについて、「はしがき」で「経済主体の合理的な選択行動によってマクロ経済的な経済現象を分析すること」(p.1)と述べられているだけです。この章でも「ミクロ経済学的な手法」、「ミクロ経済学的な合理性」、「現在と将来の異時点間の効率的な資源配分というミクロ経済学的な概念」いった表現は出てきますが、詳しい説明はされていません。

マクロモデルとミクロ経済学の結びつき方の具体的なイメージが描けないと、この章の理解が難しくなると思いますので、少しだけ説明を補っておきます。

マクロモデルのミクロ的基礎付けとは、モデルが家計や企業といったミクロ的な主体の行動、家計の効用最大化や企業の利潤最大化といった最適化行動に基づいて導出されていることを意味しています。

そして、時間の変化とともに経済がどう変化していくかを調べるマクロ動学モデルの場合には、一時点での最大化の問題ではなく、時間を通じて効用を最大化するということを考えなくてはなりません。そのような行動が組み込まれているとき、そのマクロ動学モデルにはミクロ的基礎付けがあるのです。

一つ例を挙げておきます。前回説明したミクロ的な基礎付けのない単純なモデルには、少し不自然と言えなくもないところがあります。一つは、なぜ貯蓄率βが時を通じて一定となるのかです。(大学時代に消費の恒常所得仮説を習った方は、思い出していただくと分かりやすいと思います。)

次のような例を考えましょう。家計は現在の所得は知っています。しかし、それだけではなく、将来の所得についても予想を立てているとしましょう。

今期の所得を80とします。そして次期の予想は320、次次期の予想は200とします。この場合に、常にその期の所得の一定割合、例えば80%を消費するとします。すると、今期は64になります。そして、次期の予想消費は、一挙に増えて256、次次期の予想消費は160となります。

消費の限界効用が逓減するとすれば、このような激しい消費の変動は、家計にとって望ましくありません。このような消費の計画を立てるのは不自然です。むしろ、家計は、異なる時点で消費パターンの平準化(consumptuon smoothing)を行って、効用を最大化しようとすると考えた方が自然です。

例えば、3期を通じた消費の総額480を変えないまま、160ずつにすることが考えられます。この場合、消費の割合は160%、次期は50%、次々期は80%となります。

このように考えると、貯蓄率β一定ではなく変化することになります。家計の異なる時点を通じた効用の最大化行動というミクロ的な基礎付けを、行うことによりモデルは変化するのです。

なお、家計の効用最大化行動の結果として貯蓄率βが一定となることはありえます。これと、最初から貯蓄率を一定と仮定してしまうことは別物です。

さて、ミクロ的な基礎を持つことによって、マクロモデルは何が変わるのでしょうか?「経済政策への含意」で4つの点が挙げられています。

1 「モデルがミクロ的な基礎を有しているためにミクロ経済学的な構成分析が可能となった。」

2 資源分配の動学的な効率性を明示的に扱った成果として時間的な流れの中に経済政策を位置付けるための理論的な枠組みが準備された。」

3 経済政策の効果を決定する上で経済主体の抱く期待が重要な役割を果たすことが強く認識されてきた。

4 最近のマクロモデルの発展の結果、マクロ経済政策の範囲が広がってきた。

 

これも、テキストを読んでいけば、意味が分かってきます。

次回は、「第2章 合理的期待形成と新古典派成長モデル」に入ります。

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