整理解雇は禁止されるべきである

法律ではそうなっているかもしれないけれど」で、英米法や大陸法の歴史に絡めて解雇権乱用法理の話をしましたが、hamachanの「ジョブレス解雇に一番必要な規制はなにか?」によると「EUでは全加盟国に整理解雇時の労使協議を義務づけているのですし、国によっては法律上で整理解雇する順番を決めていて、それに反することができないようになっています。」ということだそうです。

私は、日本での整理解雇の議論は、まだ十分行われていないと感じています。一石を投じてみようと思います。

通常の生産関数を前提として、労働の限界生産性×生産物の価格=名目賃金という条件、企業の利潤最大化の条件を満たす労働者数をN人とする。企業が当初、この条件に合うようにN人の労働者を雇用していたとする。

その後、不況になり生産物の価格が下がったとする。このとき、名目賃金も比例的に下がれば、労働者がN人のままでも、依然として上の式で示された条件は満たされ、労働者を減らす必要はない。

しかし、名目賃金が下がらなければ、上の条件を満たす労働者数は減少する。これをM人としよう(N>M)。企業が利潤を最大化するためには、N-M人の労働者を整理しなければならない。この人数をXで表そう(X=N-M)。人員整理が必要なのは、賃金が下がらないときである。そして、現在雇用されている労働者の誰を整理し、誰を残すかという決定をしなければならないことになる。もし整理を解雇という形で行うなら整理解雇になるが、この問題が発生するのが誰を解雇するのかがあらかじめ特定されている普通解雇、懲戒解雇との差である。これが整理解雇を議論するときに必ず考えなければならない問題なのである。

では、N人のうちのどのX人の労働者の雇用が終了するのが、社会的に最適なのだろうか?

そのような雇用の終了が行われるようにするためには、労働者の同意なく雇用を終了させる権利を企業に与えるべきであろうか?それとも、労働者の同意のない雇用の終了を認めないのがいいのだろうか?

ここで、当初、労働者がこの企業に働いているのは、彼らが他の企業で働くことを選ばず、この企業で働くことを選んでいる理由を考えておく必要がある。単純化して言えば、他の企業で働いた場合に得られる名目賃金WOや名目留保賃金WRよりもこの企業で働いたときに得られる名目賃金Wが高いからである。

さらに考えると、N人の労働者は異質である。労働者によって、留保賃金が異なるのはもちろんであるし、別の企業に移った時に得られる賃金も例外的に一致することはあっても、通常は異なっているだろう。留保賃金と別の企業に移った時の賃金の高い方を外部賃金と呼ぶことにしよう。

すると、社会的に最適なのは外部賃金が高い順にX人の労働者の雇用を終了させることである。なぜなら、そのとき残った労働者の賃金と転職あるいは労働市場から退出した労働者の外部賃金の和が最大となるからである。

企業に労働者の同意なく雇用を終了させる権利を認める、つまり整理解雇の自由を認めるというルールが社会的な最適をもたらすとは限らないのは明らかだろう。このような権利を持つ企業には外部賃金が高い労働者から解雇することに何のメリットも存在しないからである。社会的に最適な行動をとるインセンティブがないとも言いかえられる。このようなルールを作ることは社会的に望ましくない。

望ましいルールは、労働者の同意なく雇用を終了させる権利を認めないというものである。このようなルールがあるとき、企業は労働者が雇用の終了に同意するだけの退職金を支払って労働者との契約を終了させることになる。企業は退職金の総額を最小にしようとするだろう。外部賃金との差が小さい労働者ほど、つまり、退職しても失うものの少ない労働者ほど少ない退職金で同意するだろう。結果として、社会的に最適な労働者の人選が行われることになる。具体的な例をあげると、たとえば、すべての労働者に対して、退職してもいいという退職金額を提示してもらうセカンドプライスオークションをX回繰り返して行えばよい。オークションの結果を見て、金額が小さい労働者を整理すればよいのである。こうすれば、支払うべき退職金額は最小になる。企業の人事管理責任者が株主の利益に忠実であれば、このような行動を採るはずである。(もっと適切なオークションの方法があるかもしれない。)

なお、退職金のやり取りは企業が支払伊、労働者が受け取るので、社会全体としてみれば差し引きゼロである。どのような金額に決まっても社会の利益には影響しない。

これは労働者との合意による雇用の終了であり、民法の原則からみても労働法の立場からも問題はない。企業経営者の恣意が入る余地もない。

ここで、いくつかの条件を考えてみたい。まず、必要以上の人員整理が行われることは社会的に望ましくない。整理後の賃金総額が減ってしまうからである。次に、同じ理由から、この企業が人員配置を工夫すれば、上の条件を満たすことができるのであれば、そうするべきである。

このようなルールは、現在の整理解雇の4条件(要件)、人選の合理性、手続きの相当性、人員削減の必要性、解雇回避努力義務、とよく似ているのではないだろうか。

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