インフレターゲット政策の理論と予想 その2

5 「インフレターゲット政策の理論と予想 その1」の①の予想が成立した場合、外国為替市場、株式市場で何が起こるか?

(ア)外国為替レート

次の二つのケースが考えられる。

① 円安になる。(インフレターゲット論者の想定)

② 円安にならない。

 現在の円安(80円台から90円台前半への変化)は実質金利差の変化によるものなのか、貿易収支の赤字、将来の経常収支の赤字方向への変化を予想したものなのか。それとも、為替決定のマネタリーモデルやポートフォリオバランスモデルで考えられているようにストックの量の相対的な変化に反応しているのか。あるいは、アメリカ経済の回復、シェールガス革命などに貿易赤字の縮小、ヨーロッパ金融不安の一服を反映したものなのか。

(イ) 円安になったときの効果と企業・家計の短期的な反応(これは現実に対する反応であり、企業や家計の期待形成の結果取られる行動とは別ものである)

① 輸出の増加、輸入代替による輸入の減少により企業の生産は増加する。

② 輸入代替できない原油など資源の輸入量は安定、円で測った金額は増加する。日本の輸入の概ね4割は資源と考えていいだろう。

③ 輸入物価の上昇が、国内価格に転嫁されれば、一般物価はその分は上昇する。

④ 交易条件が悪化し、交易損失が発生する。所得の減少を通じて消費を抑制する効果がある。

⑤ なお、円安ともし生じていれば成長の高まりの予想(期待)から日本株への投資、日本への直接投資が増える可能性があり、この場合、円安の一部は打ち消されることになろう。日本株の上昇率が円安効果を打ち消すほど高くなれば、全部を打ち消す可能性もある。 

⑥ また、円安になれば、相対的に日本の労働者の賃金は低くなるので、低賃金の労働力を求めての海外への工場移転などは減る可能性がある。この場合も円安の一部は打ち消されることになろう。

⑦ 外貨建て資産の円建て価格が上昇し、企業の財務が改善するとともに、家計の資産が増加する。企業は対外資産を積み上げてきており、この効果は意外に大きいかもしれない。

 以上の①の効果が④の効果、⑤⑥の間接的な効果によって打ち消されない限り、企業は生産を増やすと考えられる。生産が一定以上になったときには、雇用を増やすと考えられる。

家計は、雇用の増加と円安に伴う輸入物価の上昇、消費財の値上がりに反応しよう。なお、消費税の引き上げが確実になっていく過程で、住宅や耐久消費財、高級品への支出が前倒しされる可能性が高い。これと分離して効果を把握するのは難しい。

(ウ) 株式価格

① 予想インフレ率の上昇により現金預金の保有より株式の保有が有利になり、株価が上昇する。(インフレターゲット論者の想定)

② 上昇しない。

 現在の株価上昇は、アベノミクスへの漠然たる予想(期待)、円安になったことによる企業業績回復予想(期 待)、バブル発生予想(期待)の組み合わせの可能性がある。自分は株価が上昇する理由があるとは思わないが、みんなが買っているので上がる。だから、自分も買うという美人投票の可能性もある。この場合は唐突な逆転もあり得る。

 なお、(イ)の効果が株式価格を引き上げる可能性がある。

(エ) 株式価格が上昇したときの効果と企業・家計の短期的な反応(これも現実に対する反応であり、企業や家計の期待形成の結果取られる行動とは別ものである)

① 株式を保有している企業の財務が改善する。(これは反応というよりも単純な反映であるが。)

株価の上昇を銀行が安定的な改善と捉えれば、企業が設備投資をしようとし、そのため手持ち資金では足り  ず借り入れをしようとしたときには、貸しやすくなる。(貸し手と借り手の情報の非対称性に基づくバランスシート 効果)なお、日本の大企業は設備投資などについて銀行借り入れに依存しない傾向が強く、これはもっぱら中小企業に当てはまる。

  バブルと捉えれば、はじけた時の打撃を考えて貸し出し態度を緩和することはない。

② 株式価格の上昇を利用して時価発行が行われれば企業の自己資本が増加する。これも企業の財務改善につながる。なお、正確に言えば株式ではないが、REITの価格上昇を利用した受益証券の追加発行も考えられる。

③  企業の財務体質の改善による銀行の貸し出しの質が改善する。

④  企業の株式を保有、貸し出しを行っている銀行の財務が改善(自己資本が増加)する。

⑤  ③、④により銀行の収益が改善し、財務体質が改善する。

 これは、自己資本比率規制によって制約されている貸し出し能力の向上につながる。ただし、貸し出し増加に必ずつながるわけではない。

 なお、銀行が自己資本に不安を感じているとき、金融システムにリスクが高いと感じた時は、信用創造は行わ れないが、現時点ではそのような不安を抱えている銀行が多数あるとは考えにくい。

⑥  時価会計の影響で企業の収益改善が法人税の増加につながる。ただし、繰越損失が多額に上っている現 状では、この効果は減殺される。それでも、繰越損失が減ることにより、長期的には税収の増加が望める。

⑦  株式を保有している公的年金企業年金の財務改善

  企業の潜在的な収益の改善につながる。厚生年金基金の財務が改善することにより解散した場合の企業負  担が軽減される。これを機会に厚生年金基金の解散が増える可能性がある。

⑧  ⑦と同様に公的年金の持続可能性が高まる。

⑨  株式を保有している家計の資産が増加する。

  富裕な家計の消費が増えるかもしれない。(資産効果)ただし、これらの家計が消費よりも他の資産の保有を  選好するならこの効果は生じない。

⑩ 外貨準備の円建てでの評価が増加する。

 

6 企業・家計などのインフレ予想と投資など

(ア) 物価(現在の生産物の価格) 消費者物価、企業物価

次の三つのケースが考えられる。

① 比較的短期的にインフレが発生するという予想(期待)(インフレターゲット論者が想定する予想(期待))

② インフレが発生するけれどもそれはかなり先であるという予想(期待)

③ インフレが発生しないという予想(期待)

(イ) 日本の予想実質金利(≡名目金利-予想インフレ率)

次の4つのケースが考えられる。

① 中長期金利について低下するという予想(インフレターゲット論者が想定する予想(期待))

② 短期金利について低下するという予想(インフレターゲット論者が想定する予想(期待))

③ 長期金利について低下しないという予想

④ 短期金利について低下しないという予想

  企業が、①のように予想すれば、理論的には、現在、資本設備が均衡量である企業では(他の条件が等しければ変化しないという状態であれば)、他の条件が等しければ、直ちに設備投資の増加につながる。しかし、設備が過剰である(スラック)と認識している企業では、設備投資には直結しない。この場合は、設備投資が増えるのは生産量が増え、稼働率が上昇してからのことになろう。もし、投資が増えれば生産も増加し、雇用も拡大する。設備の稼働率の動きを把握する必要がある。

 

  なお、生産が拡大した場合に、電力の供給が間に合わないという状況が発生すれば、このプロセスは断ち切られる。このリスクを把握するためには、電力設備の稼働状況をフォローする必要がある。

  家計が、①のように予想すれば、住宅投資をする可能性が出てくる。もし、住宅投資が増えれば、生産、雇用の拡大につながる。当面、確実性が高く、引き上げ率も大きい消費税引き上げへの反応の方が大きいのではないかと思われる。消費税引き上げ前の駆け込みとの区別が課題となる。

(ウ) 銀行からの企業・家計の借り入れ

  企業、特に大手企業の手元流動性は豊富であり、生産拡大に伴う運転資金や設備投資資金が必要になって も、当面は、借り入れに頼る必要はないと思われる。この場合、設備投資を行うX社は、A銀行から預金を引き 出し、設備を売るY社に代金を支払う。Y社は受け取った代金をB銀行に預金する。この場合、取引額は増加す る一方、銀行全体では預金全体の額は変化しない。企業の手元流動性を超える設備投資が行われるまでは、 このような動きが続く。

  このため、銀行の貸し出しは、当面、あまり増えないと思われる。(M2の動きをフォローする必要がある。)つ まり、預金総額が変化しないまま、取引額が増えるということであり、マーシャルのk(≡名目マネーストック÷名 目GDP)は低下すると考えられる。マーシャルのkがある程度低下すると、借り入れが行われ、信用創造が活発 になり、貨幣量が増加する。

  なお、当面は借り入れが増えないこと自体はインフレターゲット論者も想定しており、短期間のうちに銀行貸し 出しが増えなかった場合に、その理由でインフレターゲット政策が失敗したと判断すべきではない。

(エ) 労働以外の生産要素(土地など)、過去に生産されたもの(建物、貴金属、美術品など)、債券以外の金融資産(株式、REIT、投資信託、外貨建て金融資産、ゴルフ会員権など)の価格上昇

 銀行が日銀に国債を売った分だけ超過準備の水準を引き上げず、一部でも他の資産を購入すれば(信用創造を行えば)、銀行預金という形での貨幣の供給が増え、これと同時に非銀行部門の経済主体の貨幣需要が増えず(定期預金の形での貨幣保有が増える可能性はある。

 

  国債が選好されれば、国債金利は低下する。)、現金預金の保有よりこれらの資産の保有が有利であると考えれば、これらの主体が貨幣をこれら資産に変えようとする動きが出てくる。もし、銀行から借り入れてでも、これらの資産を購入しようとし、銀行がこれに応じて貸し出せば、さらなる信用創造が行われる。また、従来よりも、現金・預金の保有割合を減らす動きが出てくる可能性がある。このような動きを背景に、これらの資産の価格が上昇するという予想が広くいきわたれば、ミニバブルが発生する。特に、実質的な生産が増えないまま、金融緩和が続く場合には、ミニバブル発生の可能性は高くなる。つまり、資産の価格が実体経済(ファンダメンタルズ)から乖離して上昇する可能性が高くなる。

 なお、実質的な生産が増えず、一般物価が上昇しないうちに、ミニバブルが生じたからといって金融緩和を止めれば、時間的整合性のない政策運営であるとの批判を招こう。企業や家計が、投資や消費に向かわず、これらの資産の購入に動けばインフレターゲット政策が大きな効果を生むことは予想(期待)できなくなる。(これは小野理論の長期不況均衡に近い状態である。)

 参考までに、バブルに対しては金融政策で対応するのは困難であるので、金融政策は専ら一般物価を睨んで運用されるべきであるというのがFed Viewであり、バブルの崩壊に対応するのが困難であるので、金融政策はバブルも睨みつつ運用されるべきであるというのが、BIS Viewである。インフレターゲット政策は基本的には、Fed Viewに依っている。

7 インフレの実現

 輸出、消費、設備投資、住宅投資などの需要の増加が増加し、これに応じて企業が国内生産を拡大し、所得も増加する。この結果、取引に必要な貨幣の量(取引需要)も増え、安全な貯蓄手段としての貨幣(預金)に対する需要(資産需要)も増える。これらの貨幣需要が拡大された貨幣供給と一致すると一般物価は安定する。それまでの間は、供給が需要を上回るので、貨幣の価値は下落し、一般物価は上昇する。(インフレターゲット論者の想定)

 この結果、実質GDPだけではなく名目GDPも増加することになる。

 付言すれば、これは税収の増加と相まって、財政の持続性を高める効果を持つ。

 

 なお、企業の生産拡大に伴って、国内の雇用も拡大し、労働市場がタイトになって、賃金に上昇圧力がかかったとき、適切な貨幣の供給が行われれば、賃金は上昇し、そのコストが生産物価格に転嫁され、物価が上昇することも考えられる。

 なお、輸入インフレとの区別が課題である。

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