「少しきな臭い原油市場」の背景には

(2009年8月12日 修正、追加をしました。)(8月15日にも追加をしました。) 今回の日本の不況は、国内に原因のある普通のものではありません。稀にしかない、しかし、稀には必ず起こる世界の金融の混乱が、世界の実体経済の委縮を招き、それが日本の輸出の減少をもたらし、輸出の減少が日本全体の実体経済の縮小を引き起こしています。世界の金融危機から始まった不況というのは、戦後の日本では珍しいものです。 心強いのは、日本の金融機関そのものは経営危機に陥っておらず、決済システムに動揺は見られないことです。融資態度が厳しくなることはあっても、大銀行の倒産などは現時点では考えられません。 心配なのは、欧米の金融危機が収まっていないことです。大手金融機関のバランスシートは悪化したままです。 さて、迂遠かもしれませんが、マネーの働きについて確認をしておきましょう。伝統的にマネーは、三つの機能を持つとされています。価値の尺度、交換の手段(媒体)、価値の保蔵です。 交換の媒体としてマネーは様々な主体の間を循環しています。マネーが何と交換されるかで、循環を三つに分類できます。 一つ目の循環は、毎期作られた財やサービスとマネーが交換される循環です。 家計が企業に労働力を提供し、賃金を受け取ります。その賃金で消費財を買います。これをマネーの循環という視点からみると、労働力→マネー(家計)→消費財・サービス→マネー(企業)→投資財→マネー(企業)→・・・・・といった循環です。マネーの後のカッコの中に書いているのはマネーの受け取り手です。この循環でマネーと交換されるものにはいろいろあります。アメリカやヨーロッパでの循環を見てみれば、ドルやユーロと自動車などの日本の輸出品が交換されています。この場合のマネーの受け取り手は、日本の輸出企業です。 大事なのはこの循環の中で生産がおこなわれ、雇用が生み出され、所得が発生していることです。 二つ目の循環は、実物資産とマネーが交換される循環です。 家計が土地を買い、土地を売った人がビルを買う、アパートを売った人が古美術品を買う、古美術品を売った人が金の延べ棒をを買う。こんな流れです。先ほどと同じように、マネーの循環という視点からみると、土地→マネー(家計)→ビル→マネー(企業)→古美術品→マネー(企業)→金の延べ棒→マネー・・・・・といった循環です。 この循環の中でマネーと交換されるのは、土地のように最初からあるか、古美術品やビルのようにすでに作られたものです。この循環では、基本的には生産が行われるわけではなく、雇用も所得も生まれません。 三つ目の循環は、マネーが金融資産と交換されるものです。 債券を売った人が投資信託を買い、投資信託を売った人が株を買う、株を売った人が外貨を買うといったつながりです。マネーの循環という視点からみると、債券→マネー(国)→投資信託→マネー(個人)→株→マネー(企業)→外貨→マネー(銀行)・・・・・といった循環です。 この循環の中でマネーと交換されるのは、金融資産、紙切れや電子記録ようなものですから、この循環でも、基本的には生産が行われるわけではなく、雇用も所得も生まれません。 さて、このような循環に交換手段として用いられているマネーが適正な量であれば、経済の循環は円滑に進みます。2番目や3番目の循環に使われるマネーが過剰になれば土地やビル、古美術品などの実物資産、株や投資信託のような金融資産ににバブルが発生します。もし、1番目の循環に必要なマネーが不足すれば、取引が滞り、生産、雇用、所得が減ってしまいます。 通常、このマネーの量を適切に保つのが中央銀行の役割です。金融危機が発生した時もアメリカの中央銀行に当たるFRBがマネーの供給を増やして、最終的には、特に1番目の循環にマネーを流そうとしています。ところがマネーを相当流しているにもかかわらず、1番目の循環がなかなか回復していません。 それには幾つかの要因があるのですが、一つは価値の貯蔵手段としてマネーを使う人が増え、マネーが循環のほうに回らないからです。 マネーの保有額(10億ドル)
主体マネーの種類08年9月末09年3月末6月末9月末
家計部門当座預金と通貨525703
MMF1,5491,664
企業部門当座預金と通貨620593
MMF750849
商業銀行部門FRBへの準備金219758
家計部門:Personal Sector 企業部門:Nonfinancial Business 商業銀行部門:Commercial Bankings 当座預金と通貨:Checkable deposit and currency MMF:Money market fund shares FRBへの準備金:Rwserve at Fedral Reserve 2008年9月末と2009年33月末を比べてみると家計部門で2,930億ドル、企業部門で720億ドル、商業銀行部門で5,390億ドルもマネーの保有量が増えています。 イメージとしては1番目の循環で家計が賃金を受け取っています。今まではこれを全額、消費財・サービスの購入に充てていましたから、この循環からマネーの量は減りませんでした。ところが金融危機以後は用心深くなり、一部をマネーで持ったままにして、残りを消費財・サービスの購入に充てています。持ったままになっているマネーの分だけこの循環からマネーが消えてしまっているのです。これが、生産、雇用、所得の減少を招いています。 FRBは手をこまねいているわけではありません。むしろ大盤振る舞いをしています。 通貨当局のバランスシート(10億ドル)
項目種類08年9月末09年3月末6月末9月末
資産総額1,5412,122
負債預金機関の準備金222805
銀行外の通貨790853
預金機関の準備金:Depository insutitution reserve 銀行外の通貨:Currency outside banks 通貨の供給を増やすために資産を買い入れています。資産は5,810億ドルも増えています。半年で40%近い伸びです。ところが銀行などが貸し出しに回さず、FRBに預けたままです。準備金の増加額は5,830億ドルで資産の増加とほぼ同額です。おそらくは義務的な準備をはるかに超える準備を積んでいるのでしょう。銀行外の通貨は630億ドルしか増えていません。 気になるのは、その後のマネーの動きです。危機感が薄れるにつれて、価値の保蔵のために必要だと感じられるマネーの保有量が減っていくと、マネーは保蔵手段から交換手段へと姿を変え、三つの循環が動き出します。 いうまでもなく望ましいのは、第1番目の循環にマネーが流れることです。その中でも1番いいのは企業が銀行から資金を借り入れ設備投資を始めることでしょう。でも、今の不況の中ではなかなか設備投資に踏み切る企業は現れないでしょう。次にいのは、家計が借り入れて住宅を買い始めることでしょうか?アメリカ政府やFRBはこれを期待しているようです。私があり得るケースと考えているのは、銀行が国債を買い、政府が第1番目の循環で買い手となり、この循環にマネーを流し込むことです。 しかし、残念ながら、普通の金融政策の手段、オペによるマネーの供給や金利の操作だけでは、どの循環にマネーが流れていくかをコントロールすることはできません。マネーを価値の保蔵の手段として用いるか、交換の手段として用いるかもコントロールできません。基本的に、中央銀行は第3の循環においてマネーの売り買いをできるだけだからです。たとえば揮発国債を買い、マネーを売った場合に、そのマネーが第1、第2、第3の循環のどこに流れていくのかを決めることはできませんし、保蔵に使われるのを阻止することはできません。それをするためには別の政策手段が必要です。(この説明の流れでは、通常の財政政策は、第1の循環に政府が買い手として現れることです。) よくないのは、第2番目、第3番目の循環にマネーが流れ込み、ミニバブルを起こして、再び世界経済を混乱させる一方で、生産、雇用、所得の拡大につながる第1番目の循環にはマネーが流れないことです。 どうも、そのような動きが出ているような気がしています。「少しきな臭い原油市場」で書いた原油価格の上昇は、実際の取引に基づくものですが、それは原油先物市場での価格騰貴に引きずられたものです。 himaginaryさんが書かれているように、「今度の騰貴は投機」なら、一種のバブルの発生です。これを抑えるためにはマネーの量を抑え、かつ、1番目の循環でマネーが足りなくなることのないようにしなければなりません。極めて難しい金融調節です。通貨当局だけでは対処できないでしょう。通貨当局には、どの循環にマネーを流すかをコントロールする政策手段があまりないからです。 ここをクリック、お願いします。 人気blogランキング 人気blogランキングでは「社会科学」では42位でした。