続小野理論 その5

続小野理論 その4」の続きです。

2 予算制約

 均衡条件だけでは家計の行動は決定されない。家計が決定することができず、所与のものとして受け入れなければならないものがある。また、行動できる範囲の制限が必要である。前者は価格体系(価格が決まれば株式(収益資産)の名目収益率も決まることに注意。)であり後者はストックとフローの予算制約である。

 価格体系として決まるのは、一般物価水準、株式(収益資産)の名目収益率、名目賃金である。

(1)ストックの予算制約

 ストックの予算制約式は、次のとおりである。これは、計画の段階でも実現した段階でも期首、期末どちらでも成立しなければならない。

 保有する金融資産の名目額

=貨幣(流動資産)の名目需要額+株式(収益資産)の名目需要額

 家計は、保有する金融資産の範囲内で、貨幣と収益資産を需要できる。また、金融資産の額だけは需要しなければならない。金融資産を超えて貨幣や収益資産を需要することはできない。

 この恒等式のすべての項を一般物価水準で割ることにより、実質額で表したストックの予算制約式が得られる。これも、計画段階でも実現した段階でも成立しなければならない。

 保有する金融資産の実質額

=実質貨幣(流動資産)の需要額+株式(収益資産)の実質需要額

 なお、実質貨幣は実質残高と呼ばれる。

この経済においてこのような資産を保有する経済主体は家計しかないことに注意。企業が貨幣(流動資産)や株式(収益資産)を持つことは想定されていない。

(2)フローの予算制約

ある期間の収入の名目額からその期間の名目消費額を差し引いた残りは、必然的に貯蓄される。この経済では家計は実物資産、つまり財(消費財)を蓄積することはないと仮定されている(仮定3)ので、実物による貯蓄はない。したがって、貯蓄は名目で測った貨幣(流動性資産)保有額の増加か、同じく名目で測った株式(収益資産)の保有額の増加となる。

名目収入は、株式からの収益(キャピタルゲインを含む)と名目賃金収入からなる。株式からの収益はその期の名目収益率×株式の名目保有額であり、名目賃金収入は労働供給1単位当たり名目賃金×その期の労働供給量である。名目支出は名目消費額である。

以上をまとめて、次のフローの予算制約式を得る。

ある期の金融資産の保有額の名目増加額=その期の名目収益率×株式の期首の名目保有額+その期の労働供給1単位当たり名目賃金×その期の労働供給量-名目消費額

金融資産の名目保有額から貨幣の名目需要額を差し引いたものが株式の名目需要額であるから、この式は次のようにも書ける。

ある期の金融資産の保有額の名目増加額=その期の名目収益率×(その金融資産の期首の名目需要額-その期の期首の貨幣の名目需要額)+その期の労働供給1単位当たり名目賃金×その期の労働供給量-名目消費額

なお、株式のキャピタルゲイン(キャピタルロス)は、名目収益率を通じて収入に含まれるし、名目株式の保有額の変化にも含まれる。

これから実質額で表したフローの予算制約式を求める。ここで注意が必要になる。フローの予算制約式を導くためには、ストック変数の名目増加率と実質増加率の関係を整理しておく必要がある。右辺の各項は基本的にフローの量であり、そのまま、一般物価水準で割ればいい。右辺もフローの量ではあるが、ストックの変化量であるので、取扱に注意を要する。ある期の金融資産の保有額の実質増加額は、その期末の(=次期の期首の)の金融資産の実質保有額から期首の金融資産の実質保有を引いたものである。この間に名目保有量も変化するが、一般物価水準も変化し、キャピタルゲイン(キャピタルロス)も発生する。

期首の実質保有量は、期首の名目保有量を今期の一般物価水準で割ったものであり、期末(次期首)の実質保有量は、期末(次期首)の名目保有量を次期の一般物価水準で割ったものである。したがって、次の式が成り立つ。

今期の保有量の実質変化量=(期末(次期首)の名目保有量÷次期の一般物価水準)-(期首の名目保有量÷今期の一般物価水準)

これを変形する。

今期の実質保有額の変化量=(期末(次期首)の名目保有量÷今期の一般物価水準×今期の一般物価水準÷次期の一般物価水準)-(期首の名目保有量÷今期の一般物価水準)

=(期末(次期首)の名目保有量÷今期の一般物価水準×今期の一般物価水準÷次期の一般物価水準)-(期首の実質保有額)

両辺を期首の実質保有額で割る。

実質保有額の成長率=(期末(次期首)の名目保有額÷期首の実質保有額)÷今期の一般物価水準×今期の一般物価水準÷次期の一般物価水準)-1

=(期末(次期首)の名目保有額÷期首の名目保有額)×今期の一般物価水準÷今期の一般物価水準×今期の一般物価水準÷次期の一般物価水準)-1

=(1+名目保有額の成長率)÷(1+一般物価の上昇率)-1

=1+名目保有額の成長率+一般物価の上昇率+名目保有額の成長率×一般物価の上昇率-1

=名目保有額の成長率+一般物価の上昇率+名目保有額の成長率×一般物価の上昇率

第3項はゼロに近いので、これは次のように表現できる。

名目保有量の成長率≒実質保有額の成長率+物価上昇率

したがって、次の式が成り立つ。なお、期間の長さを微小に取ることによって連続の分析と考えることができる。

実質保有額の成長率≒名目保有額の成長率-物価上昇率   【第3章(10)式】

この関係は、保有額をストック変数と読み替えれば、ストック変数の名目増加率と実質増加率の関係を一般に表すものである。

これは次のようにも示せる。

金融資産の実質保有額の増加÷金融資産の期首の実質保有額≒金融資産の名目保有額の増加÷期首の金融資産の名目保有額-物価上昇率

さらに、両辺に期首の金融資産の実質保有額をかけると、次の式になる。

金融資産の実質保有額の増加≒金融資産の名目保有額の増加額÷金融資産の名目保有額×期首の金融資産の実質保有額-物価上昇率×期首の金融資産の実質保有

この式の右辺の第1項の金融資産の名目保有額の増加額は名目の予算制約式の左辺であるので、ここにこの式を代入して、次の式を得る。

金融資産の実質保有額の増加≒{その期の収益率×(その金融資産の期首の名目保有額-その期の貨幣の期首の名目保有額)+その期の労働供給1単位当たり名目賃金×その期の労働供給量-名目消費額}÷金融資産の期首の名目保有額×金融資産の期首の実質保有額-物価上昇率×金融資産の期首の実質保有

整理すると、

金融資産の実質保有額の増加≒{その期の収益率×その金融資産の期首の名目保有額-その期の収益率×その期の貨幣の期首の名目保有額+その期の労働供給1単位当たり名目賃金×その期の労働供給量-名目消費額}÷金融資産の期首の名目保有額×金融資産の期首の実質保有額-物価上昇率×金融資産の期首の実質保有

金融資産の期首の名目保有額で割って、金融資産の期首の実質保有額をかけるということはその期の一般物価水準で割るということであるので、次の式に変形できる。

金融資産の実質保有額の増加≒{その期の収益率×その金融資産の期首の名目保有額-その期の収益率×その期の貨幣の期首の名目保有額+その期の労働供給1単位当たり名目賃金×その期の労働供給量-名目消費額}÷一般物価水準-物価上昇率×金融資産の期首の実質保有

一般物価水準で割ると、名目値が実質値になるので、次の式を得る。

金融資産の実質保有額の増加≒{その期の収益率×その期の金融資産の期首の実質保有額-その期の収益率×その期の貨幣の期首の実質保有額+その期の労働供給1単位当たり実質賃金×その期の労働供給量-実質消費額}-物価上昇率×金融資産の期首の実質保有

整理し≒を=とすると、次の式になる。これは期間を微小なものと考えることによって正当化される。

金融資産の実質保有額の増加=(その期の名目収益率-物価上昇率)×期首の金融資産の実質保有額-その期の収益率×期首の貨幣の実質保有額+その期の労働供給1単位当たり実質賃金×その期の労働供給量-その期の実質消費額

=(その期の名目収益率-物価上昇率)×その期首の金融資産の実質保有額+その期の労働供給1単位当たり実質賃金×その期の労働供給量-その期の実質消費額-その期の名目収益率×その期首の貨幣の実質保有額     【第3章(11)式】

この式の「その期の名目収益率-物価上昇率」は実質収益率である。これに金融資産の期首の実質保有額をかけたもの、右辺第1項は、実質金融収益である。右辺第2項のその期の労働供給1単位当たり実質賃金にその期の労働供給量をかけたものは実質賃金収入である。この二つが家計の実質収入である。右辺第4項のその期の名目収益率にその期の貨幣の期首の実質保有額をかけたものは、もし貨幣ではなく収益資産を保有していれば得られた名目収益を一般物価水準で割ったものであり、貨幣保有機会費用と考えることができる。

実質の予算制約式は、家計の実質収入から実質消費を行い、さらに貨幣保有機会費用を支払った残りが実質金融資産の増加分として蓄積されることを意味している。

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