続小野理論 その8

続小野理論 その7」の続きです。

Ⅴ 市場での調整

1 ストック(≡金融資産)市場の調整

 このモデルでは実物資産(土地や実物資本財)を想定していないので、ストックは貨幣と株式の二つである。この二つの市場は、調整速度が速く、常に需給が均衡すると仮定されている(仮定5)。需給が均衡するように一般物価水準と株価が決まる。価格により市場が調整されるのである。

 貨幣と株式の需要者は家計だけであり、家計は利子率の基本方程式を満たすように、貨幣需要量と株式需要量を決める。

 これに対し、貨幣の供給は金融当局が行うものとされ、外生とされている。金融当局が株式を買うことによって貨幣を供給するのではないことに注意が必要である。ヘリコプターマネーに近い。(これは正しいと思うが間違っているかもしれない。)

 貨幣市場の需給均衡を実質で示すと、次のとおりである。

  実質貨幣需要=名目貨幣供給÷一般物価水準

 株式市場の需要を実質で表すと、ストックの予算制約式から、

  実質株式需要=実質金融資産-実質貨幣需要

となる。ここで、

 株式の供給は、企業価値である。

 株式市場の均衡条件は

  実質株式需要=実質企業価値

である。

 二つの市場の需要はストックの予算制約式で結びつけられている。

供給量は、

経済全体の金融資産の供給≡実質貨幣供給+実質企業価値(供給)

であり、需要量は、

経済全体の金融資産への需要量≡実質貨幣需要+実質株式需要

であるから、市場均衡においては、

実質貨幣供給+実質企業価値=実質貨幣需要+実質株式需要

が成立する。したがって、

実質貨幣供給-実質貨幣需要=実質株式需要-実質企業価値(供給)

となる。市場において一方が需要超過であれば、他方は同額の供給超過になり、一方が均衡していれば他方も均衡する。これが「ストックのワルラス法則」である。

 この関係は、市場が均衡している限り、家計が完全な主体的均衡にある場合も、不完全な主体的均衡にある場合も成立する。

以下は私の解釈である。

 ただし、家計が不完全な主体的均衡にあるとき、完全雇用を前提として家計が立てた金融資産の保有の計画は、実行不可能であり、市場には需要として現れない。(これは正しいか?)

実質貨幣供給量+実質企業価値=実質貨幣需要+実質株式需要<完全雇用を前提とした実質貨幣需要完全雇用を前提とした実質株式需要

となる。したがって、実質貨幣供給量=完全雇用を前提とした実質貨幣需要であれば、実質株式供給<完全雇用を前提とした実質株式需要となり、実質企業価値完全雇用を前提とした実質株式需要であれば実質貨幣供給量<完全雇用を前提とした実質貨幣需要となる。一方が一致していれば、他方は必ず一致しない。同時に両方が一致することはあり得ない。

2 フロー市場の調整

 フローの市場として、財市場と労働市場がある。これらの市場で、決定されるべき価格には名目一般物価と名目賃金率があり、決定されるべきフローの量は、実質で測った財の生産量=消費量(投資、投資財はこのモデルでは存在しない。)と労働投入量=労働供給量である。なお、一般物価水準と名目賃金が決定されることにより、実質賃金率も決定される。

 

 これらの価格・量は、経済、または市場において実現するものである。計画量ではないことに注意が必要である。

財市場で決まるのは、一般物価水準と生産量=消費量であり、労働市場で決まるのは名目賃金と労働投入量=労働供給量である。

(1) 財市場

  財市場の需給均衡は、

実質賃金率に対応して決まる生産量=消費量

である。労働市場で決まる名目賃金を所与として、実質賃金がこの均衡式を満足させるように決定され、この生産量と消費量が決まる。

(2) 労働市場

  労働に対する需要量は企業の労働投入量であり、労働の供給は家計が供給しようとする量である。一つの家計が1単位の労働をもっており、実質賃金率にかかわらず供給するとすれば、家計の計画する労働供給量は外生的に決まる。これを計画労働供給量と呼ぶことにする。

労働の超過需要率≡(労働需要量-計画労働供給量)÷計画労働供給量  第4章(18)式

と定義する。

 企業の労働需要量が家計の計画する労働供給量を上回っていれば、家計の計画は実現する。しかし、この労働需要量が計画労働供給量を下回っていれば、実現する労働供給量は労働需要量である。つまり、家計は企業に対して労働を押し売りすることはできない。言い換えれば、労働市場で実現する労働量は、企業の労働需要量と家計の計画労働供給量の小さい方である。

 労働市場では、一般物価水準を所与として、労働の超過需要率がゼロになるように、名目賃金率(貨幣賃金率)が調整される。しかし、貨幣で表示されている労働契約の修正には時間がかかるため、貨幣賃金率の変化は緩慢であるとする。貨幣賃金の調整は次の式で表されるとする。この式で△名目賃金率は時間当たりの名目賃金変化量でありαは貨幣賃金率の調整速度である。速度は時間当たりの変化量であるので、単位は整合している。αは無名数ではない。

 △貨幣賃金率÷貨幣賃金率=α労働超過需要率  第4章(19)式

ここで、時間の要素が入っていることに注意が必要である。

 この式から分かるとおり、労働超過需要率がゼロであれば、実質賃金率は変化せず、超過需要があれば上昇し、超過供給があれば低下する。

 労働市場の需給均衡条件は、

 実質賃金により決まる企業の労働需要量=家計の計画する労働供給量 第4章(20)式

で表される。

 このように、労働市場では実質賃金率ではなく貨幣賃金率が決まり、その変化には時間がかかる(貨幣賃金率に粘着性がある。)というのはケインズ的な想定である。

(3)フローのワルラス法則1

 金融資産の実質保有額の増加

=(その期の名目収益率-物価上昇率)×その期首の金融資産の実質保有額+その期の労働供給1単位当たり実質賃金×その期の労働供給量-その期の実質消費額-その期の名目収益率×その期首の貨幣の実質保有額     【第3章(11)式】

は家計の予算制約式である。現実にも計画段階でもこの式は満たされなければならない。これは家計の労働供給計画が実現する完全雇用の場合も、実現しない不完全雇用の場合も成り立つ。

 完全雇用を前提として家計がその期に計画しているものを表す式とに変える。

 金融資産の実質保有額の増加額、その期の労働供給量、その期の実質消費額は変更することができる。つまり計画の対象である。家計が計画を立てるときは、この三つを同時に、かつ、家計の予算制約を満たすように計画する。テキストでは雇用量のみに計画労働供給量という言葉と記号が用いられているが、金融資産の実質保有額の増加額、その期の実質消費額も計画量である。以下では、これらに「計画」という言葉を付けて区別する。

 その期首の金融資産の実質保有額、その期首の貨幣の実質保有額は先決変数であり、家計は変更できない。(その期の名目収益率-物価上昇率)、その期の収益率、その期の労働供給1単位当たり実質賃金(以下では「実質賃金率」と表示する。)は内生変数であり、家計はこれを所与として行動する。

 計画金融資産の実質保有額の増加=(その期の名目収益率-物価上昇率)×その期首の金融資産の実質保有額+実質賃金率×計画労働供給量-計画実質消費額-その期の名目収益率×その期首の貨幣の実質保有額  A

 一方、企業は雇用量を労働供給の最大値までは自由に決められる。企業の計画は実現するのである。したがって、株式の名目収益率は、次の式を満たす。この式は、家計の計画とは無関係に企業が決めるものである。これに伴って生産量も決まる。また、一般物価水準、その城主率、実質賃金率、名目収益率は内生的に決まる。以下ではこれらに、「実現」という言葉を添えて区別する。

 実現する名目収益率-実現する一般物価の上昇率=(実現する企業価値の実質増加額÷期首の実質企業価値)+(実現する実質賃金に対応して決まる労働需要量に対応する実現する実質生産額-実現する実質賃金率×実現する実質賃金に対応して決まる実現する労働需要量)÷期首の実質企業価値    B

 さらに、貨幣の供給も家計の計画とは無関係に決められる。ストック変数の名目伸び率と実質伸び率の関係式は成り立つので、

名目貨幣供給の増加率=実質貨幣供給の増加率+一般物価上昇率

となる。金融当局が名目貨幣供給を変更しなければ(定常状態ではこの条件が満たされる。)、この式の左辺はゼロであるから、

 実質貨幣供給の増加率=-一般物価上昇率 C

Aから、

その期首の金融資産の実質保有額=(計画金融資産の実質保有額の増加+計画実質消費額+その期の名目収益率×計画貨幣の実質保有額-実現実質賃金率×計画労働供給量)÷(その期の名目収益率-物価上昇率

となる。

Cから

期首の実質貨幣供給=-実現実質貨幣供給額の増加額÷一般物価上昇率

となる。

Bから

期首の実質企業価値={実現企業価値の実質増加額+(実現実質生産額-実現実質賃金率×実現労働需要量)}÷(実現名目収益率-実現一般物価の上昇率)

となる。

期首の金融資産の実質保有額=期首の実質資産の供給額=期首の実質貨幣供給+期首の実質企業価値

であるから、この式に、上の3式を代入する。

(計画金融資産の実質保有額の増加+計画実質消費額+その期の名目収益率×計画貨幣の実質保有額-実現実質賃金率×計画労働供給量)÷(その期の実現名目収益率-実現物価上昇率

=-実現実質貨幣供給額の増加額÷実現一般物価上昇率+{実現企業価値の実質増加額+(実現実質生産額-実現実質賃金率×実現労働需要量)}÷(実現名目収益率-実現一般物価上昇率

両辺に(実現名目収益率-実現一般物価上昇率)を掛ける。

計画金融資産の実質保有額の増加+計画実質消費額+実現名目収益率×計画貨幣の実質保有額-実現実質賃金率×計画労働供給量

=-実現実質貨幣供給額の増加額÷実現一般物価上昇率×(実現名目収益率-実現一般物価上昇率

+実現企業価値の実質増加額+実現実質生産額-実現実質賃金率×実現労働需要量)

生産物市場と労働市場に関連する項を移項して整理する。

計画金融資産の実質保有額の増加+実現名目収益率×計画貨幣の実質保有

=-実現実質貨幣供給額の増加額÷実現一般物価上昇率×(実現名目収益率-実現一般物価の上昇率)

+実現企業価値の実質増加額+(実現実質生産額-計画実質消費額)-実現実質賃金率×(実現労働需要量-計画労働供給量)

計画金融資産の実質保有額の増加-実現企業価値の実質増加額

=-実現実質貨幣供給額の増加額÷一般物価上昇率×(実現名目収益率-実現一般物価の上昇率)-その期の名目収益率×計画貨幣の実質保有額+

(実現実質生産額-計画実質消費額)-実現実質賃金率×(実現労働需要量-計画労働供給量)

計画金融資産の実質保有額の増加-実現企業価値の実質増加額

=-実現実質貨幣供給額の増加額×(実現名目収益率÷一般物価上昇率-1)-その期の名目収益率×計画貨幣の実質保有額+(実現実質生産額-計画実質消費額)-実現実質賃金率×(実現労働需要量-計画労働供給量)

計画金融資産の実質保有額の増加-実現企業価値の実質増加額-実現実質貨幣供給額の増加額

=-実現実質貨幣供給額の増加額×(実現名目収益率÷一般物価上昇率)-その期の名目収益率×計画貨幣の実質保有額+(実現実質生産額-計画実質消費額)-実現実質賃金率×(実現労働需要量-計画労働供給量)

ここで、実現実質貨幣供給額の増加額÷一般物価上昇率=-実現実質貨幣供給額であるので、これを代入する。

その期に計画している金融資産の実質保有額の増加-実現企業価値の実質増加額-実現実質貨幣供給額の増加額

=実現実質貨幣供給額×実現名目収益率-その期の名目収益率×計画貨幣の実質保有額+(実現実質生産額-計画実質消費額)-実現実質賃金率×(実現労働需要量-計画労働供給量)

計画金融資産の実質保有額の増加-(実現企業価値の実質増加額+実現実質貨幣供給額の増加額)

=実現実質貨幣供給額×実現名目収益率-実現名目収益率×計画貨幣の実質保有額+(実現実質生産額-計画実質消費額)-実現実質賃金率×(実現労働需要量-計画労働供給量)

実質残高に関する項を整理する。

計画金融資産の実質保有額の増加-(実現企業価値の実質増加額+実現実質貨幣供給額の増加額)

=実現名目収益率×(実現実質貨幣供給額-計画貨幣の実質保有額)+(実現実質生産額-計画実質消費額)-実現実質賃金率×(実現労働需要量-計画労働供給量)

 これがフローのワルラス法則、第4章の(25)式である。この式で注意が必要なことがある。右辺の第1項は貨幣市場、第2項は財市場、第3項は労働市場の条件を表している。ただし、厳密に言えば第1項は貨幣保有機会費用の計画値と実現値の関係を、第3項は賃金所得の計画値と実現値の関係を表している。これに対して、左辺は、現実に家計が持つ金融資産増加額の和と家計が計画する金融資産の増加額の関係を示しているのであって、何らかの市場の条件を示しているのではない。

 なお、この式の単位(次元)を再確認しておこう。左辺はある期間に実質金融資産がどれだけ変化するかが示されており、時間当たりの実質量という次元を持つ。右辺第1項も時間当たりの収益÷元本×元本であり、やはり時間当たりの実質量である。第2項もある時間当たりの生産量と消費量であるので、時間当たりの実質量である。第3項も、実質賃金÷労働時間×労働量=実質賃金所得÷労働時間であり、やはり時間当たりの実質量である。

           

 右辺の3つの市場がすべて均衡していれば、計画金融資産の実質保有額の増加は、実現企業価値の実質増加額と実現実質貨幣供給額の増加額に等しくなり、現実に家計が持つ金融資産増加額の和が、家計が計画する金融資産の増加額に等しくなる。

 ここで、労働市場が不均衡であり、貨幣市場と財市場が均衡しているケースを考えよう。この時家計の労働供給計画、引いては労働から得られる所得の計画は実現していないが、この労働供給計画に対応した消費計画は実現しており、計画した貨幣保有額も実現している。その結果、労働市場が不均衡であるので、家計が計画した金融資産保有額の計画は実現せず、計画よりも小さな額しか実現していない。

 

 金融資産の存在する経済では財市場、貨幣、収益資産市場が均衡していても、労働市場の不均衡、慢性的な失業が生じうる。

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