インフレターゲット政策の理論と予想 その1

インフレターゲット政策には、いかがわしさと分かりにくさが付きまといます。

いかがわししく感じられるのは、消費者の立場からはよくないと感じられるインフレをわざと起こそうとしている、あるいはバブルを起こそうとしているといった感じを持たれるからでしょう。分かりにくさは、期待に働きかける政策であるからです。経済学を学んでいるものにとっては、期待の重要性はよく分かりますし、それに働きかけるという発想もその延長で理解できますが、こういう発想になじみのない人にとっては、どうしても分かりにくいのでしょう。政府が公共事業を行うと、コンクリートや鉄が売れて・・・・・といった政策に比べて直感的に分かりにくいのはやむを得ないのかもしれません。政策が分からないと形成されるはずの期待が形成されないという弱みがこの政策にはあります。

導入されたことを踏まえて、今後の展開について考えてみたいと思います。

1. インフレターゲットの設定後の動き

インフレターゲット設定後の日銀がどのような手段でこれを達成するかは、金融の専門家である日銀に委ねられる。インフレターゲット論者が想定している具体的な行動としては、国債、特にこれまで金融調節の手段としては買ってこなかった長期の国債、民間企業の発行している債券、極端な場合には外国の債券など金融資産の大量買入れ(貸し出しによることも理論的には可能)などによって、日銀券、当座預金(マネタリーベース)を拡大することであろう。これを起点として、いくつかのプロセスを経て、銀行による信用創造が活発化し、貨幣供給が貨幣需要を上回れば、貨幣の価値は下落するとインフレターゲット論者は想定している。つまり、一般物価(現在生産されるモノ、サービスの平均的な価格)が上昇することが想定されている。この拡大はインフレターゲットが達成されるまで続けることになる。したがって、さまざまな経済主体は、目標とするインフレ率が、いつかは達成される、それまでは金融の緩和基調が続くという期待を抱くはずである。(時間軸政策)

このように、貨幣の価値は貨幣に対する需給によって決まるという意味で、インフレやデフレは貨幣的な現象であるとインフレターゲット論者は考えている。単純・素朴な貨幣数量説(Quanntity Theory of Money)によっているわけではない。

なお、時々の情勢により買い入れる金額やどのような資産を購入するかなど具体的な措置は様々でも、インフレ目標が達成されるまで金融の緩和を続けること、この基本線はデフレ脱却まで維持される。このような基本線への転換を金融政策のレジーム(枠組みの)転換という。

2. 政策レジームについてどのような予想(期待)が成立するか?

以下で説明していくように、インフレターゲット政策は人々の予想(期待)に働きかける政策である。この政策が効果を上げるためには、インフレターゲット政策への政策レジームの転換が、維持されるという予想(期待)が広くいきわたっていなければならない。政策レジームがすぐに転換されるのであれば、人々の間にインフレターゲット論者の想定するような予想(期待)が成立せず、インフレターゲット政策の効果が出ないからである。

レジームの安定性については次の二つのケースが考えられる。

① この政策レジームが長期にわたり維持されるという予想(期待)が成立する。

② この政策レジームが短期間で変更されるという予想(期待)が成立する。(参議院選挙、政権交代

 夏の参議院選挙予想、実績が鍵を握る。自民・公明以外の有力野党がこの政策レジームにコミットすればその前でも①の予想(期待)が成立しよう。

3. この政策レジームに中央銀行が誠実に対応するという予想(期待)が成立するか?

リフレ政策を実行するのは日銀である。現在の日銀の幹部は長く、インフレターゲットの導入に対して否定的な見方を示していた。関係者の間に日銀がサボタージュをするかもしれないという疑念がない訳ではない。

このような疑念があれば、やはりインフレターゲットは効果を発揮しなくなるだろう。この日銀の対応の見通しについては、次の二つのケースが考えられる。

① 日銀が誠実に履行するという予想が成立

② 履行しないという予想が成立

どちらの予想が成立するかについては、3月20日に交代が予定されている日銀総裁、副総裁人事、その後の政策委員会の行動が鍵になる。インフレターゲットを推進すると考えられる人物が選ばれ、思い切った行動がとられれば、①の可能性が高くなる。

思い切った行動の基準としては、日銀の長期の国債の買い入れの額、超過準備の水準の推移に注目されるだろう。

なお、現在、日本銀行に対する銀行の当座預金の残高は、義務として課されている水準を上回っている。これを超過準備というが、日銀は銀行の超過準備に対して通常は支払わない利子を支払っている(付利)。超過準備に付利していると銀行は民間の企業などに対して貸し出しを行ったり、手形や債券を購入したりして割引料や金利を得るよりも、超過準備をそのまま維持するほうが有利と考える可能性があるので、本気でインフレターゲット政策を進めるのならば、姿勢を明確にしておくという意味からも、これをあらかじめ撤廃しておくべきであろう。したがって、超過準備への付利が継続されるか、打ち切られるかも、一つの判断材料になるだろう。なお、付利の意味については、さらに考えていきたい。

なお、以上で書いたように、政府や日銀の行動、日銀の人事までが問題になるところに、インフレターゲット政策が期待に働きかける政策という性格が表れている。現在、政府は、政策を貫徹する意思を明確に示す必要に迫られている。

(2013年2月25日追記 昨日午後から本日、朝にかけて黒田アジア開発銀行総裁、岩田規久男学習院大学教授が、次期日銀総裁、副総裁にと報じられた。両者とも積極的金融緩和論者として知られている。このような人事はインフレターゲット政策を進めるという観点からは適切なものである。)

4. この政策レジームが長期間維持されるとして、外国為替市場参加者、金融市場参加者の間でどのような予想(期待)が成立するか? 

 

 外国為替市場や株式市場は、短期間に、数多くの取引が繰り返される非常に反応の早い市場であり、これらの市場への参加者は先を読んで行動する。特に政府の政策の影響を受けやすいので、政策レジームの転換に対して敏感に反応する。したがって、リフレ政策への転換の効果は、まずこれらの市場で出てくると考えられている。物価、実質金利、日米の実質金利差について、どのような予想(期待)が成立するかを考えてみよう。

(ア) 物価(現在の生産物の価格) 消費者物価、企業物価

次の三つのケースが考えられる。

① 比較的短期的にインフレが発生するという予想(期待)(インフレターゲット論者が想定する予想(期待))

② インフレが発生するけれどもそれはかなり先であるという予想(期待)

③ インフレが発生しないという予想(期待)

インフレ予想が成立することがリフレ政策の効果発生の出発点である。したがって、インフレターゲット政策が効果を上げるためには、インフレ予想が成立することが必須の要件である。③のような予想が成立すれば、インフレターゲットは失敗に終わる。

このことを踏まえると、インフレターゲット導入後に、これらの予想のどれが成立したかを把握する必要がある。理論的には予想(期待)インフレ率は、普通の国債と物価連動国債金利差(Break Even Inflation Rate)で測れる。これは時々刻々変化するので、遅滞なく把握できるのだが、現在の名目金利がゼロに近い状況の下では物価連動国債の価格の形成にゆがみが生じているという説がある。また、消費税の引き上げが消費者物価指数に影響するという特殊要因もある。したがって、現状でこの金利差がインフレ期待を反映していると言い切っていいか、疑問が残っている。なお、10年物の国債金利差はこちら(http://www.bb.jbts.co.jp/marketdata/marketdata05.html)を参照。これでみる2012年にプラスのインフレ予想に変わっている。これはあくまで10年平均のインフレ予想であって、ここ何年かだけのものではないことに注意が必要である。

市場関係者へのアンケート調査などが参考になるだろう。また、エコノミストの予想(期待)を利用することが考えられる。これはエコノミックフォーキャストで把握できる。ただし市場参加者とは異なる予想かもしれない。また、発表が月1回という限界がある。

繰り返しになるが、これらについても、消費税の引き上げが行われる可能性があり、その実現可能性の判断と引き上げのその波及効果によるインフレ予想と本来のインフレ予想との区別が課題である。

(イ) 日本の予想実質金利(≡名目金利-予想インフレ率)

予想実質短期金利と予想実質中長期金利について二つずつ、合計4つのケースが考えられる。

① 予想実質中長期金利が低下するという予想(インフレターゲット論者が想定する予想(期待))

② 予想実質短期金利が低下するという予想(インフレターゲット論者が想定する予想(期待))

③ 予想実質長期金利が低下しないという予想

④ 予想実質短期金利が低下しないという予想

この四つの予想のうち①は予想(期待)インフレ率が高まるときに成立する。実際に日銀が保有する中長期の国債の償還額を大幅に超えて、(銀行から)中長期国債の購入に踏み切れば、つまり日銀が中長期国債保有量を増やせば、それ以上に国が国債を発行しない限り、市場に出回る中長期国債が減ることになり、眼重く金利は低下する。予想インフレ率が高っていれば①が成立する可能性が高い。日銀の購入額、政府の長期国債の増発規模次第である。

お、インフレ目標が達成されるまでは金融緩和が続くという約束が信用されれば名目長期金利は低下しよう。これは時間軸効果と呼ばれる。これまでの実績からも分かる通り、名目短期金利は低下する。長期債の名目利子率は保有期間中に予想される短期債の名目利子率の平均値+期間が長いための上乗せ金利+リスクプレミアムで決まるとされている。かなりの期間、短期金利が低下すると予想されれば、他の条件が等しければ、名目長期金利もある程度低下すると考えられる。中期金利についても同じである。名目長期金利も低下した場合には、長期国債の価格は上昇する。(名目金利低下と価格上昇は同義) 

現在は短期金利がゼロに近いので④は予想(期待)インフレ率が高まらないときに成立する。

なお、名目中長期金利が低下すれば、中長期国債の総体的な魅力が低下するので、これまで中長期国債保有していた企業や家計などは、保有する資産のうちの中長期国債の割合を減らし、他の資産を買うことになろう。これをポートフォリオのリバランスという。この結果、中長期国債以外の資産の価格が上昇する可能性が高い。この場合には銀行の名目長期長期金利(その指標は長期プライムレート)は低下するものと思われる。

なお、予想が急激に変化するかどうか、つまりジャンプするかどうか興味深い。

(ウ) 日米、日欧の実質金利

短期金利と中長期金利について二つずつ、合計4つのケースが考えられる。

① 中長期金利が相対的に低下するという予想(インフレターゲット論者が想定する予想(期待))

② 日本の短期金利が相対的に低下するという予想(インフレターゲット論者が想定する予想(期待))

③ 日本の長期金利が相対的に低下しないという予想

④ 日本の短期金利が相対的に低下するという予想

低下するという予想が形成されたときは、日本から資金が流出する。具体的には日本の債券などを売却し、アメリカの債券などを買うことになる。つまり資本収支が赤字方向に動くことになる。アメリカの債券を買うためにはドルが必要であり、円が売られドルが買われ、円安の方向に動く。この状態を維持することによって円安を進むのが、インフレターゲット論者の期待している効果である。なお、この説明は為替相場決定の実質金利平価理論(購買力平価が成立すると同時にカバーなし金利平価が同時に成立すると考える理論)に基づいていると思われるが、定かではない。

実際にこのような動きが出てくるかどうか、長期、短期の資本取引の動きなど、資本収支の動きをフォローする必要がある。(財務省が毎週木曜日に前週の対内・対外証券投資の状況を発表している。)なお、実際の資金の移動には、予想実質金利だけではなく、予想実質金利差の変化のリスク、日米の経済のリスクの差も影響する。この点にも注意が必要である。

なお、実質金利差だけで資金移動を説明することができるのかという理論的な争点も存在している。

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