社会人のための『新しいマクロ経済学』解説 その37
「社会人のための『新しいマクロ経済学』解説 その36」で導いた位相図から得られるこの二つの定常状態の比較をしてみます。
(赤字は指数です。)
資本と政府債券の価格であるバブルについては既に示しました。
S点の資本kは、黄金律の水準でα1/(1-α)バブルは{1/(2α)×(1-3α)}{α1/(1-α)}でした。資本減耗の実物資本の収益率は0でした。
また、T点の資本kは、k={(1-α)/2}{1/(1-α)}バブルpはp=0でした。
後は、粗生産、賃金、資本の収益率、貯蓄、実物資本の粗投資、そして効用です。効用はS点の方が高いはずです。
生産
(2.53)式で表される粗生産関数に、l=1を代入して一人当たりの粗生産量yを求めます。
S点
y={α1/(1-α)}α
=αα/(1-α)>0
T点
y=〔{(1-α)/2}1/(1-α)〕α
={(1-α)/2}α/(1-α)>0
S点とT点の差
T点の方がS点よりも資本が大きいのですから、粗生産関数から明らかなとおり、T点の方が粗生産量は大きくなります。式で証明をしておきます。T点の生産量からS点の生産量を差しくと次のようになります。
{(1-α)/2}α/(1-α)-αα/(1-α)
第1項と第2項の指数は共通ですから、底の大小によって、正負が決まります。どちらの底が大きいかを比べてみます。(1-α)/2-α=(1-3α)/2です。このモデルではα<1/3ですから、(1-3α)/2>0です。つまり、第1項の底の方が大きいのです。したがって、{(1-α)/2}α/(1-α)-αα/(1-α)>0です。これは、T点の生産量の方がS点の生産量よりも大きいことを意味します。
なお、純生産は粗生産から資本減耗を差し引いたものですが、資本減耗率は100%つまり生産を行うと資本はすべて失われると仮定されていますので、純生産は次のようになります。
S点
yn=αα/(1-α)-α1/(1-α)
T点
yn={(1-α)/2}α/(1-α)-{(1-α)/2}1/(1-α)
なお、α/(1-α)-1/(1-α)=-1ですから、S点のα、T点の(1-α)/2への指数は第1項の方が小さいことが分かります。α、(1-α)/2は、いずれも1より小さい数字なので、純生産量は正です。T点では資本が過剰であり、資本減耗が大きいのですが、粗生産のすべてが資本減耗に充てられるのではありません。
S点とT点の差
T点の方がS点よりも粗生産量、資本ともに大きいのです。資本の減耗率は100%なので生産に使われた資本=資本減耗です。したがって、どちらの点で純生産量が大きいかを考える必要があります。
T点の資本とS点の資本の差をXとします。資本の減耗率は100%であること、S点での資本は黄金律の水準にあることをあわせ考えるとS点での資本の限界粗生産性は1です。また、粗生産関数は資本について収穫逓減です。したがって、S点からT点まで資本をX増やしたときの粗生産の増加量はX未満です。これに対して資本減耗の増加は資本の増加に等しく、Xです。したがって、S点の方が純生産量は大きくなります。
賃金
(2.54)式に、l=1を代入して求めます。
S点
w=(1-α){α1/(1-α)}α
=(1-α)αα/(1-α)>0
T点
w=(1-α)〔{(1-α)/2}1/(1-α)〕α
=(1-α){(1-α)/2}α/(1-α)>0
S点とT点の差
T点の方がS点よりも資本が大きいのですから、粗生産関数から明らかなとおり、T点の方が賃金は大きくなります。式による証明は粗生産量の場合と同じです。
実物資本の収益率(2.55)式に、l=1を代入して求めます。
S点
r=α{α1/(1-α)}α-1-1
=αα-1-1
=1-1
=0
これは、S点での資本が黄金律の水準にあることから期待されたとおりの結果です。Δp=0の垂直線を求めるために、実物資本の収益率と政府債券のキャピタルゲインの裁定式を用いました。S点は定常点ですからキャピタルゲインは0,従って、実物資本の収益率もゼロです。
T点
r=α〔{(1-α)/2}1/(1-α)〕α―1-1
=α{(1-α)/2}-1-1
=2α/(1-α)-(1-α)/(1-α)
=(3α-1)/(1-α)
T点では実物資産の収益率は、このモデルで想定されているα<1/3の範囲では負です。Δp=0の水平を求めるためには、実物資本の収益率と政府債券のキャピタルゲインの裁定式を用いていませんので、このような結果になります。この結果によってT点では資本が過剰になっていること(動学的に非効率であること)が明確に表されています。
若年期の貯蓄(=若年期の消費)
(2.54)式に、l=1を代入して求めます。
S点
s=1/2×(1-α){α1/(1-α)}α
=1/2×(1-α)αα/(1-α)>0
T点
s=1/2×(1-α)〔{(1-α)/2}1/(1-α)〕α
=1/2×(1-α){(1-α)/2}α/(1-α)
={(1-α)/2}1/(1-α)>0
若年期の貯蓄は若年期の賃金の半分なので、T点の方が若年期の消費は大きくなります。
なお、老年期には働かず、貯蓄もしません。
消費
S点とT点を厚生のレベルで評価するためにはそれぞれの効用を比較しなければなりません。効用は若年期の消費と老年期の消費により決まりますので、あらかじめ若年期の消費と老年期の消費を調べておかなければなりません。
このモデルでは若年期の消費は賃金-貯蓄です。そして、先に説明したように若年期の貯蓄は若年期にだけ得られる賃金の半分ですから、若年期の消費も賃金の半分で、貯蓄と同額です。老年期の消費は若年期の貯蓄に1+実物資産の収益率+1を掛けたものです。
以上についてはS点でもT点でも共通です。資本の水準が違いますので、消費の水準には差があります。
若年期の消費は貯蓄と等しいので、
S点では、1/2×(1-α)αα/(1-α)>0、
T点では、{(1-α)/2}1/(1-α)>0
です。若年期の消費も、貯蓄と同様に賃金の半分なので、T点の方が若年期の消費は大きくなります。
S点では、実物資産の収益率はゼロですから、老年期の消費は若年期の消費と等しく、
1/2×(1-α){α1/(1-α)}α=1/2×(1-α)αα/(1-α)>0
です。
T点の実物資本の収益率は(3α-1)/(1-α)<0でした。若年期の消費は{(1-α)/2}1/(1-α)ですから、T点での老年期の消費は、これに1+実物資本の収益率を掛けて
{(1-α)/2}1/(1-α)×2α/(1-α)
です。
効用
効用は(2.50)式に消費水準を代入して、求められます。資本が黄金律の水準にあるS点の方が効用が高いはずです。
S点の効用は次の通りです。
ln1/2×(1-α)αα/(1-α)+ln1/2×(1-α)αα/(1-α)
=ln(1/2)+ln{(1-α)αα/(1-α)}+ln(1/2)+ln{(1-α)αα/(1-α)}
=2ln(1/2)+2ln(1-α)+2ln{αα/(1-α)}
=2ln(1/2)+2ln(1-α)+(2α)/(1-α)lnα・・・・〔1〕
T点の効用は次の通りです。
ln{(1-α)/2}1/(1-α)+ln〔{(1-α)/2}1/(1-α)×(2α)/(1-α)〕
={1/(1-α)}ln{(1-α)/2}
+{1/(1-α)}ln{(1-α)/2}+ln(2α)/(1-α)
=2{1/(1-α)}ln{(1-α)/2}+ln(2α)/(1-α)
=2{1/(1-α)}{ln(1-α)-ln(1/2)}+ln(2α)-ln(1-α)
=2{1/(1-α)}{ln(1-α)}-2{1/(1-α)}{ln(1/2)}+ln(2α)-ln(1-α)
={2-(1-α)}/(1-α){ln(1-α)}-2{1/(1-α)}ln(1/2)+ln(2α)
=(1+α)/(1-α)}{ln(1-α)}-{2/(1-α)}{ln1/2}-ln(1/2)+lnα
=(1+α)/(1-α)}{ln(1-α)}-〔{2-(1-α)}/(1-α)〕{ln1/2}-ln(1/2)+lnα
={(1+α)/(1-α)}{ln(1-α)}-(1+α)/(1-α){ln1/2}+lnα・・・・〔2〕
S点とT点の効用を比較するために〔1〕式から〔2〕式を引きます。ln(1/2)、ln(1-α)、lnαごとに整理すると、次のようになります。
{2+(1+α)/(1-α)}ln(1/2)+〔2-{(1+α)/(1-α)}〕ln(1-α)+{(2α)/(1-α)-1}lnα
={(3-α)/(1-α)}ln(1/2)+{(1-3α)/(1-α)}ln(1-α)+{(3α-1)/(1-α)}lnα
={(3-α)/(1-α)}ln(1/2)+{(1-3α)/(1-α)}{ln(1-α)-lnα}・・・・〔3〕
1/3>α>0を考慮すると、〔3〕式の第1項は正です。
同様に第2項の{(1-3α)/(1-α)}も正です。そして、同じ理由からln(1-α)>lnαですから、第2項の{ln(1-α)-lnα}も正です。したがって、第2項も正です。
つまり、〔3〕式は正です。これは、S点の効用の方がT点の効用よりも大きいことを示します。
若年期の消費はT点の方が大きいのですが、資本の過剰蓄積の結果、実物資産の収益率が-になっているため老年期の消費は小さくなります。このため、効用が低くなるのです。
資本の定常
このモデルでは貯蓄が実物資本への投資とバブルに向けられ、S点、T点は定常ですから、この実物投資が資本減耗と等しくなっているはずです。最後に、これを確認しておきましょう。資本減耗率が100%なので資本減耗=資本です。
S点の貯蓄は、1/2×(1-α)αα/(1-α)、バブルは{1/(2α)×(1-3α)}{α1/(1-α)}でした。両者の差が実物投資です。これは資本減耗=資本=α1/(1-α)と等しいでしょうか?
{1/2×(1-α)αα/(1-α)}-{1/(2α)×(1-3α)}{α1/(1-α)}
={1/(2α)×(1-α)α1/(1-α)}-{1/(2α)×(1-3α)}{α1/(1-α)}
={1/(2α)×α1/(1-α)}{(1-α)-(1-3α)}
={1/(2α)×α1/(1-α)}(2α)
=α1/(1-α)
等しくなっています。S点では資本は一定です。
T点での貯蓄は{(1-α)/2}1/(1-α)で、バブルはゼロですから、貯蓄がそのまま実物投資になります。これは、資本{(1-α)/2}1/(1-α)と一致します。T点でも資本は一定です。
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