社会人のための『新しいマクロ経済学』解説 その38

社会人のための『新しいマクロ経済学』解説 その37」の続きです。

第2章の解説の最後として、今回は重複世代モデルの性質を、おさらいしておこうと思います。一定に留まるバブルの意義を再確認することが目的です。また、利子が付かず償還もされない政府債券とは何かと言うことも考えます。

まず、モデルの前提です。技術的な条件が二つあります。

まず、実物資本は次期に必ず減耗します。消費もせず、生産にも用いなくとも、減耗してしまいます。これは、個人の貯蓄行動に重要な意味を持ちます。減耗率はδで一定です。かつ、テキストではδ=1と仮定されています。仮に、個人が生産過程に投入せず、倉庫にでも入れておけば、次期にはなくなっています。実物資産を価値の保蔵手段として用いることはできません。このような事情から、個人は消費しない実物資産があれば、それを必ず生産に用います。なぜなら、元あった資産はなくなりますが、生産された財、資産が残るからです。

二番目の技術的な条件は、粗生産の技術的条件です。これは粗生産関数で表されています。ここで重要なのは、労働と資本の限界生産性が逓減することです。

このような前提の下で、経済がどのように動いていくか、実物資本の変化(蓄積)を中心に考えます。

まず、政府債券がない場合から始めます。

1 まず、資本があります。これが決まると、三つのものが決まります。

2 一つめは、資本の減耗が与えられているので、資本の減耗が決まります。

3 二つめに、粗生産関数から労働の限界生産性が決まります。そして、これが企業の利潤最大化行動により賃金となります。個人が働くのは若年期だけですから、これは若年期の賃金です。

4 老年期には働いて賃金を得ることができませんから、若年期に、老年期に備えて賃金の一部を貯蓄します。このとき政府債券が存在しないので、実物資産による貯蓄しか手段がありません。しかも、この実物資産はすぐに減耗してしまうので、生産に投入して粗生産物を得る以外の選択肢はありません。実物資本の収益率を考慮しながら、賃金を消費と貯蓄に配分します。企業が利潤を最大化しているので、この実物資本の収益率は、実物資本の水準に対応した資本の限界生産性に等しく決まります。この貯蓄は生産に用いられるので、投資です。貯蓄=投資の関係が成り立ちます。当然ですが、この投資は資本の増加をもたらします。

5 ここで、注意が必要なのは、資本減耗後の資本の収益率がマイナスであっても投資が行われると言うことです。今、若年期の賃金が100であったとします。50を貯蓄、投資し、それが次期に40の収益をもたらすとします。元の資本は100%減耗してしまうので、この投資の資本減耗後の収益率は-20%です。そして老年期にはこの40を消費に充てることになります。投資しなくても資本は減耗してしまうので、投資しない場合には、次期に残る実物資本はゼロで、消費もゼロです。投資する方がまだましなのです。

6 このような不幸な事態が発生するのは、二つの悪条件が重なったためです。まず、政府債券が存在せず、生産手段として投資する以外の貯蓄手段がありません。次に、資本が既に過剰になってしまっていることです。もし資本が不足していれば、実物資本の限界生産性は高く、資本減耗後の収益率はマイナスにはなりません。

7 2で決まった資本減耗と3、4のプロセスで決まった貯蓄=投資が等しくなったところで、資本は一定、つまり定常となります。この定常状態では、技術の条件に応じて、減耗後の資本の収益率がマイナス、ゼロ、プラスいずれのかに決まります。ゼロの場合は、黄金律です。プラスの場合は、黄金律ではありませんが、動学的には効率的です。しかし、既に資本が大きすぎマイナスのときは、動学的に非効率です。

次に、政府債券がある場合を考えます。うえの1,2,3については変化がありません。4から違いが出てきます。

4-2 老年期には働いて賃金を得ることができませんから、若年期に賃金の一部を貯蓄するという事情に変化はありません。しかし、このとき政府債券が存在するので、実物資産による貯蓄か政府債券の購入かの選択ができます。資本減耗後の実物資本の収益率と政府債券の収益率を比較しながら有利な方を選びます。有利な方の収益率を考慮しながら、賃金を消費と貯蓄に配分します。この貯蓄の内、実物資本が選択された分が投資です。貯蓄≧投資の関係が成り立ちます。この投資が資本の増加をもたらす点に変わりはありません。

5-2 さて、今、資本が少なく資本減耗後の資本の収益率がプラスであるとします。このとき貯蓄の一部が投資に充てられ、徐々に資本が増加し、それにつれて資本減耗後の収益率が下がっていくとします。ちょうど資本が黄金律の水準に達し、資本減耗後の収益率がゼロになったとします。このとき、資本の限界生産性は減耗率に等しくなります。もし、このとき、資本減耗と貯蓄の内投資に充てられる分が同じであれば、資本は一定になります。この場合、貯蓄と資本減耗=投資の差は政府債券の購入です。このとき政府債券の収益率もゼロになり、つまり価格が一定になります。

技術的な条件から、政府債券がない場合には若年者の貯蓄がすべて投資され、この投資が資本減耗を上回り、黄金律以上の資本が蓄積されてしまうことがあります。そのような場合にも、政府債券を導入すれば、若年者が貯蓄をすべて投資するのではなく、過剰な部分を老年期の者から政府債券を購入するのに振り向けることができるようになります。これによって、過剰な投資を防ぎ、資本を黄金律の水準に保つことが可能になるのです。

さて、この利子も付かないし、償還もされないという不思議な政府債券に対応するものは、現実にあるのでしょうか?利子は付かないが、償還はされるというならTB、短期政府証券があります。償還はされないが利子は付くというものは、日本にはありませんが、世界を見渡せばあります。永久国債です。では、利子も付かないし、償還もされない政府証券とは何でしょうか?日本にあるでしょうか?テキストには書かれていませんが、多分あると思います。ご自身の財布の中を見てください。1枚ぐらいは紙幣があるでしょう。それは政府(正確には日本銀行)が発行し、利子も付かないし、償還もされない証券です。

実物資本が生産に用いなくても減耗し、資本の水準が高くて収益率が低い場合に、貨幣が存在することにより、経済の効率は改善します。これが貨幣の存在理由です。

さて、政府債券の価格とは、政府債券1単位を購入するのに必要な実物資産の量です。政府債券が通貨であるとすると、その逆数は、実物資産を1単位購入するのに必要な政府債券の量です。これは普通に考える物価です。したがって、政府債券の価格が一定であるという定常状態は、物価の安定を意味します。

(2008年5月6日 修正、追加しました。)

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