社会人のための『新しいマクロ経済学』解説 その36
「社会人のための『新しいマクロ経済学』解説 その35」に引き続いて、「2.4.8 バブルの経路」の説明を続けます。
前回も書きましたが、位相図2.12を導き出すのが目標です。このためには、バブルが一定に留まるΔP=0線と一人当たり実物資本が一定となるΔk=0線が必要です。前回、ΔP=0線を導き出しましたので、今回はΔk=0線を導きます。
この線を表すのは、前期の資本と今期の資本の関係をバブルの大きさで示す(2.64)式でkt=kt-1とおいたものです。この式は(2.58)式と同様に資本蓄積を表す式ですが、政府債券を導入し、貯蓄の一部がこの債券に充てられることになりましたので変化が生じています。つまりバブルの大きさにより次期の資本が影響を受けます。
この式は、次のように導かれます。まず、コブダグラス生産関数と企業の利潤最大化行動から賃金の決定式(2.56)が得られます。これを、予算制約式(2.51)式の下で効用関数(2.50)式を最大化した場合の、貯蓄関数に代入すると、今期の貯蓄と前期の資本の関係を表す次の式が得られます。
st=1/2×(1-α)kt-1α・・・〔2〕
ここまでは、政府債券の導入の影響はありません。この貯蓄はこれまでのモデルではそのまま実物資本の蓄積に充てられました。政府債券を導入したモデルではが実物資本だけではなく政府債券にも充てられることになります。式で表すと、
kt+pt=st・・・〔3〕
です。この様に貯蓄が実物資産だけではなく債券にも向かうことでモデルに政府債券を導入した影響が出て来るのです。
〔2〕式を〔3〕式に代入すると(2.64)式となります。
最初に書いたように、この式でkt=kt-1とおいたときの式、
p=1/2×(1-α)kα-k・・・〔4〕
がΔk=0の条件を表す式です。
さて、これから〔4〕式が図2.12に示されている上に凸の曲線の形になることを証明していきますが、その準備として、〔4〕式の1次と2次の微分を求めておきます。
一次の微分
dp/dk=1/2×(1-α)αk-(1-α)-1・・・〔5〕
これは、kの値に応じて正、ゼロ、負いずれの値も取り得ます。つまり、Δk=0線は、単調に増加したり、単調に減少したりする線ではありません。
2次の微分
d2p/dk2=1/2×(1-α)α×-(1-α)k-2+α
=-1/2×α(1-α)αk-2+α・・・〔6〕
1> α>0、k>0ですので、これは、負の定符号です。kが大きくなるにつれΔk=0線の傾きはだんだん小さくなります。
以上で準備は終わりです。
さて、図2.12に示されているΔk=0線の第1の特徴は、x軸と2点で交わり、その内の一つは原点であるということです。
これを証明してみましょう。x軸はp=0、つまりバブルの値がゼロだと言うことです。〔4〕式にp=0を代入すると、
0=1/2×(1-α)kα-k
となります。これを整理すると、
0=k{(1-α)k-1+α-2}
です。つまりk=0の時と、(1-α)k-1+α-2=0とき、等号が成立します。
(1-α)k-1+α-2=0という条件を満たす資本の水準kmaxを考えてみます。この条件は(1-α)k-1+α=2と同じです。すると、kmax-(1-α)=2/(1-α)となり、
kmax={2/(1-α)}-{1/(1-α)}
={(1-α)/2}{1/(1-α)}・・・〔7〕
が得られます。k={(1-α)/2}{1/(1-α)},p=0が、図2.12のT点です。
k=0,p=0は、もちろん原点です。図2.12のO点です。
O点とT点は、経済学的に言えば、p=0、つまりバブル、政府債券の価格がゼロであり、政府債券がの時に、資本が一定となる水準です。
O点では生産がゼロですから、政府債券を導入する前のモデルでも定常点でした。そして、実はT点も同じです。〔7〕式は(2.59)式と同じものです。比べてください。
Δk=0線の形をさらに調べていきましょう。
O点とT点でのΔk=0線の傾きを調べてみます。O点とT点のkの値を〔5〕式に代入すると分かります。
O点
dp/dk=1/2×(1-α)αk-1+α-1
=1/2×(1-α)α(1/k)1-α-1
ですから,kがゼロに近づくと第1項は∞に近づきます。したがって、傾きは正の無限大です。
T点
dp/dk=1/2×(1-α)αk-1+α-1
=1/2×(1-α)α(kmax)-1+α-1
=1/2×(1-α)α〔{(1-α)/2}{1/(1-α)}〕-(1-α)-1
=1/2×(1-α)α〔{(1-α)/2}{1/(1-α)}〕-(1-α)-1
=1/2×(1-α)α{(1-α)/2}-1-1
=1/2×(1-α)α{2/(1-α)}-1
=α-1<0
したがって、T点でのΔk=0線の傾きは負です。
以上で、Δk=0線が原点O点で始まり、最初は上に進み、徐々に傾きが小さくなり、ある時点で下に進み、T点でx軸にぶつかることが分かりました。Δk=0線は原点を通り上に向かって凸の形をしています。
次に、中間にあるS点について検討しましょう。前回説明したように、この点での資本は黄金率の水準であり、その値はkg=α1/(1-α)です。このときのバブルの大きさpは、この値を〔4〕式に代入すると分かります。
p=1/2×(1-α){α1/(1―α)}α-{α1/(1―α)}
=1/2×(1-α){α1/(1-α)}α-{α1/(1-α)}
=1/2×(1-α){α1/(1-α)}α-1{α1/(1-α)}-{α1/(1-α)}
=1/2×(1-α){α(α-1)/(1-α)} {α1/(1-α)}-{α1/(1-α)}
=1/2×(1-α)(α-1) {α1/(1-α)}-{α1/(1-α)}
=1/2×(1-α)/α {α1/(1-α)}-{α1/(1-α)}
=1/(2α)×(1-α) {α1/(1-α)}-{α1/(1-α)}
={1/(2α)×(1-α)-2α/2α}{α1/(1-α)}
={1/(2α)×(1-3α)}{α1/(1-α)}
これが黄金率の場合のバブルの大きさです。これは技術的な条件αだけで決まります。特にα=1/3の時にはバブルはゼロとなり、政府債権を導入する前の結果と一致します。
さて、S点でのΔk=0曲線の傾きも計算できます。〔5〕式にk=kg=α1/(1-α)を代入します。
dp/dk=1/2×(1-α)α{α1/(1-α)}-1+α-1
=1/2×(1-α)α(α-1)-1
=1/2×(1-α)-1
=1/2×(-1-α)
=-1/2×(1+α)<0
つまり、S点での傾きは負です。〔6〕式で示したように、Δk=0曲線の傾きは単調に減少します。したがって、S点での傾きが負であることは、S点がΔk=0曲線の頂点よりも右側にあることを意味しています。
最後に、この頂点を調べてみましょう。図2.12では名前がつけられていませんのでR点とします。
この点での資本は、次のように求めます。この点ではΔk=0曲線は水平で、傾きはゼロです。そこで傾きを表す〔5〕式の左辺をゼロとします。
0=1/2×(1-α)αk-1+α-1
(1-α)αk-1+α=2
k-1+α=2/{(1-α)α}
k-(1-α)=2/{(1-α)α}
k=〔2/{(1-α)α}〕-1/(1-α)
k={(1-α)α/2}1/(1-α)>0
これが点Rでの資本です。これも技術的条件だけで決まります。
これをΔk=0曲線を表す〔4〕のkに代入するとこの点でのバブルの大きさが分かります。
p=1/2×(1-α)〔{(1-α)α/2}1/(1-α)〕α-{(1-α)α/2}1/(1-α)
p=1/2×(1-α){(1-α)α/2}α/(1-α)-{(1-α)α/2}1/(1-α)
p=1/2×(1-α){(1-α)α/2}(α-1)/(1-α){(1-α)α/2}1/(1-α)-{(1-α)α/2}1/(1-α)
p=〔1/2×(1-α){(1-α)α/2}(α-1)/(1-α)-1〕{(1-α)α/2}1/(1-α)
p=〔1/2×(1-α){(1-α)α/2}-1-1〕{(1-α)α/2}1/(1-α)
p=〔1/2×(1-α)×2/{(1-α)α}-1〕{(1-α)α/2}1/(1-α)
p=〔(1-α)×1/{(1-α)α}-1〕{(1-α)α/2}1/(1-α)
p=〔1/α-1〕{(1-α)α/2}1/(1-α)
p=〔(1-α)/α〕{(1-α)α/2}1/(1-α)
これがバブルの最大値です。これも技術的条件だけで決まります。
さて、ここで、一つ問題があります。図2.12では、S点はT点よりも右側に描かれていますが、技術的条件αがどのような値であっても、こうなるのでしょうか?実は、α<1/3でなければこうはなら内容に思われます。なりません。次のような理由からです。
まず、α=1/3のときを考えます。S点の資本はこの点での資本は黄金率の水準であり、その値はkg=α1/(1-α)でした。これに、α=1/3を代入すると、ks=(1/3)(3/2)となります。T点の資本は、k={(1-α)/2}{1/(1-α)}でした。同じようにα=1/3を代入すると、kt=(1/3)(2/3)となります。両者は一致します。これは、バブルを想定しない前のモデルで、α=1/3のとき黄金率で定常となることと整合的です。
では、αが1/3未満のときはどうなるでしょうか?今、Z=(T点の資本/S点の資本)とします。Zが1であれば、T点の資本=S点の資本であり、1より小さければT点の資本<S点の資本、つまりT点がS点の左側にあります。なお、T点の資本もS点の資本も正ですから、Z>0です。
対数微分法を使って、dZ/dαを求めます。
Z=〔{(1-α)/2}{1/(1-α)}〕/{α1/(1-α)}
={(1-α)/2α}{1/(1-α)}
=(1-α){1/(1-α)}×(2α)-{1/(1-α)}
lnZ=1/(1-α)ln(1-α)-1/(1-α)ln2α
dlnZ/dZ×dZ/dα={(1-α)(-1)(1-α)(-1)×-1}+{-1×(1-α)(-2)×-1×ln(1-α)}-〔{(1-α)(-1)×1/(2α)×2}+{-1×(1-α)(-2)×-1×ln2α)}〕
=-(1-α)(-2)+(1-α)(-2)×ln(1-α)-{(1-α)(-1)×1/α}-(1-α)(-2)×ln2α)
=-(1-α)(-2)-{(1-α)(-1)×1/α}+(1-α)(-2)×ln(1-α)-(1-α)(-2)×ln2α)
=-α/α(1-α)2 - (1-α)/α(1-α)2+1/(1-α)2×{ln(1-α)-ln2α)
=-1/α(1-α)2+1/(1-α)2×{ln(1-α)-ln2α)
この右辺はαが0超1/3未満のときは正です。また、左辺のdlnZ/dZ=1/ZもS点、T点の資本が正である限り正です。したがって、αが0超1/3未満のときはdZ/dαは正です。そしてα=1/3のときZは1、Zは正ですから、αが0超1/3未満のときはZは0超1未満です。つまり、このとき、T点の資本はS点の資本より小さいのです。T点がS点より右側に来るためにはα>1/3でなければなりません。
ただ、この点については、まだ、確認ができておらず、もう少し考える必要がある戸思います。
参考にとどめて置いてください。
なぜ、このような仮定が置かれているか説明します。
政府債券がないモデルでも、αが0超1/3未満のときは資本の限界生産性が減価償却率より大きく、黄金率ではありませんが動学的には効率的、つまりこれより少ない資本でこれ以上の消費をすることはできない状態にありました。また、αが1/3のときは資本の限界生産性が減価償却率より等しく、黄金率でした。単に動学的に効率的なだけではなく、最大の消費をすることができる状態でした。この二つの状態では、動学的効率性を改善する必要はありません。
これに反し、αが1/3超のときは資本の限界生産性が減価償却率より小さく、動学的には非効率的、つまりこれより少ない資本でも同じだけの消費をすることができる、資本過剰の状態にありました。資本過剰をもたらしたのは、過剰な貯蓄が行われ、それがすべて実物資本の形成に向けられていたからです。これを改善する方策を検討することが課題でした。
したがって、動学的効率性を改善する必要のあるαが1/3超という条件を前提に議論が行われているのです。
さて、以上で、位相図がテキストのような形になる技術的条件と、Δk=0線の特徴が分かりました。Δk=0線上に経済がある場合には資本は変化しません。次のステップとして、位相図を完成させるため、経済がこの線上にない場合に資本がどのように変化するかを考えます。まず、このΔk=0線よりも高い位置(*)に経済があるとき、資本はどのように変化するかを考えてみましょう。
基本になるのは
p=1/2×(1-α)kt-1α-kt (2.64)
です。前期の資本の水準kt-1がある値kt-1*を取っているとします。そしてバブルはp*であるとします。そして、今期の資本をkt*とします。この三者にも、
p*=1/2×(1-α)kt-1*α-kt*・・・〔7〕
が成立します。経済がΔk=0曲線上にないので、kt-1*α≠kt*です。
経済がΔk=0曲線上にあったときのkt-1*に対応するバブルをpq、今期の資本をktqとすると、次の式が成立します。
pq=1/2×(1-α)kt-1*α-ktq・・・〔8〕
ここで、kt-1*α=ktqです。現実のバブルp*はpqよりも大きいので、p*>pqです。
〔7〕式から〔8〕式を辺辺引くと、次のようになります。
p*―pq={1/2×(1-α)kt-1*α}―{1/2×(1-α)kt-1*α}-(kt*-ktq)・・・〔9〕
この式の右辺の第1項と第2項は同じものですから打ち消しあって、0となります。整理すると、
p*―pq=-(kt*-ktq)・・・〔10〕
ここで、p*>pqを考慮すると、
kt*<ktq
です。さらに、kt-1*=ktqですから、次の式が成立します。
kt*<ktq=kt-1*・・・〔11〕
この式は、経済がΔk=0曲線よりも高い位置にあるとき、資本が減少することを意味します。
逆に、経済がΔk=0曲線よりも低い位置にあるとき、資本は増加します。
これで、位相図が完成しました。この位相図から分かるとおり、この経済には定常状態が三つあります。原点であるO点とS点とT点です。どちらもΔp=0線とΔk=0線の交点にあります。このうちO点とT点は政府債権とバブルを導入する前のモデルでも定常点でした。政府債権を導入することによって新たに定常点として登場したのはS点です。そして、個人の効用という観点から見て望ましいのは資本が黄金律の水準にあるS点です。
次回は、動学的効率性と黄金率の復習を行い、次々回、S点とT点の比較を行います。
(2008年4月20日、一部を修正しました。)
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