総合行政の非効率-選択肢があるばかりに-

「就職後も生活保護8割」は、そんなに問題でしょうか?」で取り上げた生活保護について

hamachanさんが産経新聞大阪社会部の「『生活保護が危ない』」を紹介されています。

これと総合行政が何の関係があるのかといいますと、日本の地方公共団体は、業務範囲が以上に広い、つまり総合行政機関だからです。生活保護も戸籍業務も住民登録も都市計画も何でもやる。

そこで、奇妙な事態が起こります。

「人々のSOSに応えるには、信頼されるセーフティーネットの制度と、福祉のプロの存在が欠かせない。」(226ページ)

確かにそうでしょう。

「『自立しろ』とお題目を唱えるだけのケースワーカーではいけないし、六十五歳を超えたら指導しなくていいというケースワーカーであってもいけないと思う。生活保護受給者に「生きる」ことを感じさせることは、ものすごく難しい。」(103ページ)のですから。

ところが、

「ケースワーク業務で最もつらいことを問うた」ところ、「最も多かった回答は、『知識、技術不足で適切な対応ができない』、次が『法律、制度など覚えることが多い』、三番目が『高度な対人技術が必要』だった。」(104ページ)

という状況です。

こういうのは職員の努力不足なのかというとそうでもないのです。

奈良県内で3年間ケースワーカーを勤めたという男性は、こう振り返った。『担当していた受給者の二人が自殺し病死を含めると五、六人しに立ち会いました。それまで市民化の戸籍係だった私は、『なぜ自分がこの仕事をせねばならないのか、もっと福祉の専門家がすべき仕事ではないのか』と思う日々でした。確かにやりがいのある仕事でしたが、人間の器量を問われているようで、事務員がある日突然に言われても、並みの精神力では持たない仕事だと思います』」(98-99ページ)

「確かにやりがいのある仕事でした」という発言の裏には、異動させられたときに上司から「生活保護の仕事はやりがいがあるよ。」と説得されたのを反映しているのではないでしょうか。

役人なのですから(役人でなくても日本のサラリーマンは)人事異動には四の五の言わず従うのが当たり前なのに、なぜ、上司がいちいちこんな説得をしなければならないかといいえば、「多くの自治体で、ケースワーカーは異動希望の最も多い職場のひとつになっている。」(99ページ)からです。

さて、自治体は事務職員を採用します。事務職の給与はほぼ同じです。同じ採用試験を受かって同じように採用されて、一人だけ3k職場に配置されるのには抵抗があるに決まっています。配置されれば異動希望を出すに決まっています。特定の人間だけを3k職場においておくわけには行きません。不公平だからです。人間、自分だけ不公平な扱いをされたと思ったらやる気がなくなってしまいます。やる気のない職員では、行政の効果が上がりません。

すると、行政の効果を挙げるためには、「1回はケースワーカーをやってくれ、やりがいはあるよ」と口説いて納得させ、2,3年したら異動させるという手法しかありえません。

その結果、「ベテラン職員が多いとされる大阪市でもケースワーカーの平均担当年数は四年にすぎない。」(99ページ)ということになるのです。かなり長期に携わるものがいると考えれば、ほとんどの職員は経験2ないし3年でしょう。

こうなると、ほとんど経験のない人間が難しい仕事を任され、ベテランに相談に乗ってもらおうと思っても、職場にベテランがいない(か忙しい。)ということになります。職員は育ちません。生活保護行政の効果は上がりません。自立が達成されないのです。

では、研修でといっても、職員の入れ替わりが激しく、長く仕事を続ける人がいないのですから、初級研修の繰り返しだけになってしまいます。職員は育ちません。小さな自治体ではその研修の講師を勤める人間さえ確保できないかもしれません。行政の効果は期待できません。

こういう状態になると行政のレベルは上がりません。成果の上がらない仕事を続けるのは、先の証言にもあるとおり、つらいことです。ますます異動希望が増えます。

なぜ、こういうことになるのかといえば、地方自治体が総合的に行政をやっていて、他の仕事への人事異動の余地があるからです。人事をやる側にも、職員の側にも選択の余地があるのです。

長期勤続するベテランを必要とするなら、他の部署への異動という選択の余地をなくしてしまわなければなりません。

1 採用、処遇、退職に至るまでの専門職のシステムを地方自治体の内部に作る。

2 この仕事を切り離して、専門の行政組織を作る。

方法はこの二つでしょう。しかし、1は地方自治体の最も苦手とするところでしょう。地方自治体というよりの日本のほとんどの組織がそうです。

2はありえるでしょうが、この場合、どうやってその組織を運営管理するかという問題があります。民間企業への委託というわけには行かないでしょう。

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