外国人労働者

キャリアデザインマガジン編集委員の荻野勝彦さんが第63号の「キャリア辞典」「労働ビッグバン」(5)で外国人労働者の問題を取り上げられています(http://blog.mag2.com/m/log/0000140735/)。 外国人労働者問題は治安の悪化などの社会的側面が関心を集めがちなように思えるが、これが一定数を超えると、労働市場の需給や賃金水準に与える影響も無視できなくなるだろう。単純労働(と高度人材という二分法がいいのかどうかもわからないのだが)の外国人は労働条件が低いのが一般的だから、日本人と競合する分野での外国人就労が拡大すれば、当然ながら日本人の賃金水準も低下を余儀なくされる可能性が高いし、外国人に職を奪われた日本人の失業率が高まることも十分予想できる。これは一部の諸外国ではすでに現実になっていることでもある。  もちろん、外国人労働者が日本の経済、産業の一部に組み込まれ、必要不可 欠な存在となっている現実もあるわけだから、すべてを排除するということは 無理だろう。ことは程度問題だが、どの程度が適当かというさじ加減と、適当 を担保するための方法論は決定的に重要となるだろう。外国人労働者が日本の経済、産業の一部に組み込まれ、必要不可欠な存在となっている現実」というのは、よく言われることです。 面白いのは、このような現状認識がおよそ正反対の立場の人々から出てくることです。一方は、不法に外国人を単純労働に使っている、失礼ながら欧米流の人権感覚の薄い経営者の皆さん。もう、もう一方は、これらの経営者や取締りを十分に行わない(と彼らが考える)行政機関を批判してやまない欧米流の人権感覚の豊かな皆さんです。 まあ、価値観の異なる二つのグループで、現状認識において一致していながら、その評価が正反対、したがって打ち出すべき政策も正反対というのはよくあるのですが、この問題については、なぜか打ち出すべき政策も一致しています。外国人単純労働者の合法的な雇用の範囲を広げろということです。 さて、評価や政策は別にして、この現状認識は正しいのでしょうか?私は、二つの問題が混在して議論されているように思います。 まず、単純労働に携わっている労働者は、確かに使用者にとっては必要不可欠でしょう。しかし、それから、一挙に、「だからこれらの労働者は日本経済に必要不可欠だ。」と結論を出してしまうのは、飛躍です。その事業そのものが日本経済に必要不可欠であるとは限らないからです。 たとえば、縫製業です。岐阜周辺では縫製業、あるいは繊維産業に大勢の外国人労働者がいることはよく知られています。なぜ、日本人ではなく外国人が雇用されているのかといえば、日本人を雇っていては外国からの輸入品との競争に勝てないからです。ですから、外国人労働者は企業にとっては必要不可欠です。しかし、こういった産業が日本で営まれることは別に日本にとって必要不可欠ではありません。製品、半製品を輸入すればそれで済む話なのです。輸入が不可能なら、そもそも輸入品との競合は起こらず、外国人を雇う必要はありません。 これは開発途上国製品との競争にさらされている多くの産業にいえることです。 これらの産業は、将来は消えていけばいいのです。多少の配慮をする必要があるのは、他の産業に移動できない日本人労働者がいる場合だけです。外国人しか雇わないなら、国内に維持する必要はないでしょう。むしろ、これらの産業の製品の輸入を進めれば、円安の方向に働きますから、それを利用して他の産業の輸出を拡大するほうが、日本人の雇用にとってはプラスでしょう。 使用者にとって不可欠なだけなのに日本にとって不可欠だと誤認して、外国人労働者を制限なく入れていけば、荻野氏の指摘するとおり、「労働市場の需給や賃金水準に与える影響も無視できなくな」り、「単純労働の外国人は労働条件が低いのが一般的だから、日本人と競合する分野での外国人就労が拡大すれば、当然ながら日本人の賃金水準も低下を余儀なくされる可能性が高いし、外国人に職を奪われた日本人の失業率が高まることも十分予想でき」ます。 さらに、これは外国人労働者を受け入れることによって利益を得るものと不利益をこうむるものを生み出し、日本の社会に大きな亀裂を入れることになるでしょう。 外国人労働者が日本の誰に不可欠なのかを、十二分に吟味する必要があります。 ここをクリック、お願いします。 人気blogランキング 人気blogランキングでは「社会科学」の20位でした。