輸入原材料価格の高騰にどう対応すべきか?

原油価格上昇」で紹介したような輸入財価格の高騰が続いています。これにどう対応すべきなのか、歴史を振り返って考えてみました。

日本経済は、原材料を輸入に頼っており、輸入原材料の価格が大きく変化すると、経済はそれに適応するため大きな変化を遂げます。その変化が価格に現れると、輸入インフレ、デフレであり、量に現れると実質生産の増減です。これらは目に見えて分かりやすい現象ですが、重要なのは交易利得(損失)という形で現実にどれだけの財を国内で使えるか、つまり実質的な所得にも影響が現れることです。こちらは目に見えるようなものでもなく、通常SNAでも大きく取り上げられることはないので目立ちませんが、輸入原材料が高騰した場合の本質的な問題、真の国民負担は、この交易損失です。

さて、現在輸入原材料の価格の高騰は理論的にはどのような影響を与えるでしょうか?歴史を振り返る前に、少し考えて見ます。

Ⅰ 輸入物価高騰の影響

1 GDPデフレーターへの影響 

まず、前置きとして、GDPデフレーターと国内需要のデフレーターについて検討を行っておきましょう。

P、Y、Pd、D、Pe,E,Pm,Mを、それぞれ、GDPデフレーター、実質GDP、国内財物価、実質国内財への支出(国内財支出)、輸出物価、実質輸出、輸入物価、実質輸入を表すものとしましょう。

名目GDP、実質GDPは、それぞれ次の式で定義される。

名目GDP≡P×Y=Pd×D+Pe×E-Pm×M・・・・(1)

実質GDP≡Y=D+E-M・・・・・・・・・・・・・・・(2)

これから、総合GDPデフレーターと各物価の関係について考えて見ましょう。

GDPデフレーター(P)≡名目GDP(PY)÷実質GDP

                  =(Pd×D+Pe×E-Pm×M)÷Y

               =Pd×D/Y+Pe×E/Y-Pm×M/Y・・・(3)

つまり、GDPデフレーターは各物価を実質GDPに占める需要の構成割合で加重平均した値になっています。ここで注意が必要なのは輸入がマイナスの需要であるため、輸入物価に掛けられるウェイトがマイナスであることです。

従って、輸入物価(Pm)が上昇することは、他の条件が等しい限り、GDPデフレーター(P)の上昇ではなく、下落を招きます。やや常識に反するようであるけれども。次のような変化になります。

 △P=-△Pm×M/Y・・・(4)

マイナスの符号に注意して下さい。△Pmがプラス(輸入物価が上昇)のとき、△Pはマイナス(デフレータは低下)です。

しかし、輸入物価の高騰が国内の物価、輸出物価に何の影響も与えないとは考えられませんし、影響はこのような価格面に留まるものではなく、量にも変化が生じるでしょう。

2 生活水準の変化

さて、ここで簡単化のためにいくつかの仮定を起きながら、輸入物価の高騰の生活への影響を考えていきましょう。

仮定1 GDPは、輸入物価高騰(Pm→Pm+△Pm)の前後で変化しない。(例えば、フル生産状態になっているところに、輸入物価の高騰に見舞われたなどと考えていただきたい。)従って、雇用者数も変化しません。

仮定2 輸入量は変化しない。 

仮定3 輸出物価も、輸入物価高騰の前後で変化しない。

仮定4 国内財、輸出財各1単位の生産のために必要な輸入材の量は同じである。

仮定5 名目で見た貿易収支は輸入物価高騰の前後とも均衡している。このためには価格高騰後に実質輸出が増える必要がある。これは、(5)、(6)式で示される。

 

Pe×E=Pm×M・・・・・・・・・・・・・・(5)

Pe×(E+△E)=(Pm+△PM)×M・・・(6)

さて、輸出量がどのように変わるかを調べてみましょう。

まず、(6)式の右辺を見れば分かるように、輸入額の増加は、△Pm×Mです。輸出物価が変わらないまま、輸出額をこの額と同額増やすためには、輸出量を増やす必要があります。これを△Eとしましょう。この量は次の式で表されます。

△E=(△Pm×M)/Pe・・・(7)

輸入の増加額を輸出物価で割った額だけ輸出が増えれば、貿易収支は均衡するということです。

さて、実質GDP≡Yが、輸入物価高騰後も不変であり、輸入量(M)も不変であるとすると、輸出量が増えた分(△E)だけ実質国内財支出(D)を減少しなければなりません。

(7)式から、

△D=-△E=-△Pm/Pe×M・・・・・(8)

となることが分かろます。

(注)仮定4から、このような変化が起こっても、輸入量は変化しません。

(8)式は、生産量が変化していないにもかかわらず、高騰した輸入財を入手するために、生産した財をこれまでより大量に外国に輸出しなければならなくなり、その結果、国内で使える財の量が減る。ということを意味しています。これを言い換えると、国民がこれまで通り働いて、同じ量のものを作っていながら、生活水準が低下してしまうということです。

これが国民が負わなければならない輸入物価高騰の真の負担、損失名のです。経済学の用語で言えば-△Dは貿易収支均衡の場合の実質交易損失です。生産量や価格の変化だけを見ていては、国民の負担は理解できないのです。政策を論ずる場合に、実質成長率、消費者物価の上昇率だけを見てそれで足りるとしては、事の本質を見誤ってしまいます。

3 損失の負担と消費得者物価の上昇

この損失を誰が負担するのかということが、大問題です。一つの答えとして、国内財への支出減少をすべて消費の削減でまかなうというケースを考えてみましょう。△D=△Cというケースです。消費を減らすためには、何をしなければならないでしょうか。消費の決まり方について、一つの想定をおいてみましょう。

Pcを消費者物価、Wを名目賃金、Nを労働者数とします。

消費(Pc×C)が労働者の所得(W×N)に占める割合をγで表しましょう(0<γ<1)。

Pc×C=γ×W×N・・・・(9)

となります。消費を実質化すると、

C=γ×W×N÷Pc・・・・(10)

となります。

Cを減らすためには、γを引き下げるか、Wを引き下げるか、Pcを引き上げなければなりません。もし、所得に対応した消費行動を示すγが不変であり、名目賃金Wが完全に硬直的であれば、消費財価格Pcを引き上げなければなりません。原材料価格が高騰しているのですから、その一部が消費財価格に転化されるのは自然です。

こうすることに成功したとすると、消費者にとっては、雇用は維持されるものの、消費者物価が上昇し、消費水準を落とさざるを得ないという事態が生じます。国内の誰かが得をしたのではなく、原材料を日本に売っている人が得をしたのです。

なお、このような形で調整がなされた場合、Pcの上昇に伴って、Pも上昇する可能性があります。その意味では、1で述べたように輸入物価の高騰が、総合GDPデフレーターの下落を招くとは限りません。

Ⅱ 歴史を振り返る 石油危機前後の比較

 さて、これまで述べたことを基に、輸入価格高騰に対する調整の一つのシナリオを想定してみましょう。次のようなものです。

(1) 輸入物価が高騰する。

(2) 輸入量は変化せず、名目輸入は急増する。

(3) 貿易収支の均衡のため、輸出物価が変化しないまま名目輸出が急増し、輸出数量も急増する。

(4) 生産量、雇用量は変化しない。

(5) 名目賃金(雇用者報酬)が変化しないまま、消費者物価が高騰し、実質賃金はていかする。

(6) 実質消費が減少する。つまり、国民の生活水準が低下する。

あまり楽しいシナリオではありませんので、これをデスペレートシナリオとよぶことにしましょう。

では、いよいよ、実際に輸入物価が高騰したとき何が起こったかを検討し、このシナリオとはどのような差があったのかを明らかにしましょう。日本経済が原材料価格の高騰に見舞われた古典的な例である二度の石油危機の前後を検討することにします。

1 第一次石油危機前後

 第一次石油危機前としては昭和47年度を、危機後としては昭和51年度をとります。昭和47年度をとったのは、石油危機前の昭和48年度に、危機の起こった49年度の50.0%には及ばないものの既に輸入物価が32.3%も上昇しているからです。48,49年度の二年間を輸入物価の高騰期としてとらえることになります。他方、危機後として51年度をとるのは、この年の名目純輸出が、47年度の名目純輸出1兆9、932億円とほぼ同額の1兆6,113億円となって、調整をほぼ終えたと考えられるからです。

昭和51年度には輸入物価は、47年度の2.2倍になりました。この結果、名目輸入は、8兆1,696億円から、21兆7,142億円に増加しています。増加額は13兆5,446億円、増加率は165%です。この額は昭和47年度の名目GDE96兆4,863億円の14%にも及ぶ巨大なものでした。なお、実質輸入は17兆4,902億円から21兆946億円へ、3兆6,044億円、3.3%増加しています。大きな変化は示していません。シナリオからの乖離は大きくありません。

ここまでは、デスペレートシナリオ通りでしたが、大きな差が二つ生じました。

一つは、実質国内生産が218兆2,145億円から246兆2,621億円に、28兆476億円も増加したことです。デスペレートシナリオで変化なしとしていたのと違っています。一方、シナリオ通り、名目輸出は10兆628億円から23兆3,255億円へと急増しています。しかし、この増加は、デスペレートシナリオとは異なり、単に数量が増加しただけではなく、輸出物価の上昇を伴っていました。輸出物価の上昇率には及びませんが、輸出物価も52.8%上昇しています。輸入物価の上昇で失ったものの一部を、輸出価格の引き上げで取り返したわけです。このため、貿易収支(ここでは財貨・サービスの純輸出)を元の水準に近づけるための実質輸出の伸び率は51.7%、また、実質輸出の増加幅は7兆1,613億円(50年価格)で済みました。仮に、このような輸出物価の上昇がなければ、実質輸出を32兆846億円に増やす必要がありました。輸出物価上昇は、11兆853億円の実質輸出に相当する効果を持ったことになります。

このような実質生産の増加と輸出価格の上昇の結果、デスペレートシナリオからの大きな乖離が生じました。国内財支出を削減する必要がなくなったのです。現実には、国内需要(支出)を24兆4,908億円も増加させることができました。さらに、デスペレートシナリオとは異なり、国内需要の内実質国内総資本形成が、0.2%しか増加しなかったため、実質最終消費支出は、このシナリオとは逆に、128兆7,858億円から148兆2,130億円へ、19兆4,272億円、15.1%も増加した。国民の消費水準は向上したのです。

このとき狂乱物価という言葉が使われたように、この間に、消費支出のデフレーターは65.1%と大幅に上昇しました。この結果、名目での消費の伸び率は89.9%に達しました。

名目雇用者報酬は、消費者物価の高騰を背景とする賃上げの効果もあり、45兆7,020億円から、94兆3,286億円へ、額で48兆6,266億円、率で106%増加しました。これに対する最終消費支出の割合は114%から105%へと低下しました。消費者物価デフレーターで実質化すると、25%の増加であった。雇用者所得も実質的に増加したのです。

また、消費者物価や輸出物価の上昇も反映して、GDPデフレーターは、57.5%上昇しました。単純な計算とは異なっています。

実質消費は、生産の増加がなければ減少していましたし、輸出物価の上昇がなければ4割程度の増加に留まっていたことになります。実質生産の増加と輸出価格の上昇、国内総資本形成の抑制により、デスペレートシナリオに陥ることが避けられたと言えます。

2 第二次石油危機前後

 輸入物価の高騰は昭和54年度(47.4%)、55年度(19.3%)に発生しました。第二次石油危機前としては昭和53年度を、危機後としては昭和57年度をとります。昭和57年度には、名目純輸出が、53年度の名目純輸出2兆4,193億円とほぼ同額の2兆5,226億円となっているのからです。

昭和57年度には輸入物価は、昭和53年度の1.9倍になっています。この倍率は第一次危機前後よりはやや低いものの3年の間の上昇としては大きいものです。名目輸入は、19兆8,097億円から、36兆4,184億円に増加しています。増加額は16兆6,087億円、増加率は83.8%でした。この増加額は、昭和53年度の名目GNE、208兆6,022億円の17.4%でした。こちらは第1次危機よりも高い率です。

第2次危機でも、第一次石油危機の際と同様、デスペレートシナリオからの乖離が生じました。

まず、実質国内生産の増加と輸出価格の上昇が第2次危機でも生じたのです。実質国内生産は271兆3,493億円から310兆8,256億円へ増加しています。増加額は39兆円、増加率は14.5%です。輸出物価も24.9%上昇しています。名目輸出は22兆2,290億円から38兆9,410億円へと75.2%増加していますが、実質輸出の伸び率は40.2%、実質輸出の増加幅は8兆9,634億円(50年価格)にとどまりました。輸出物価の上昇がなければ、さらに実質7兆7,827億円の増加が必要だったのが、これだけで済んだのです。

次に、第一次危機とは異なる動きもありました。実質輸入が減ったのです。24兆1,326億円から22兆9,324億円に減少しました。減少は、額で1兆2,002億円、率で5.0%でした。価格が上昇したのに対して、いろいろな意味で節約が行われたのです。これによって、必要な国内財支出の減少額を小さくすることができたのです。

実質生産の増加、輸出価格の上昇、そして実質輸入の減少により、実質国内財支出を減らす必要はなくなりました。実質国内財支出は、逆に29兆3,127億円増加しました。さらに、国内需要の内実質国内総資本形成が、4.4%しか増加しなかったため、実質最終消費支出は、163兆3,275億円から185兆139億円へ、シナリオとは逆に21兆6,864億円、13.3%増加したのです。第2次危機でも国民の生活水準の低下は避けられたのです。

名目雇用者報酬は、112兆8,006億円から、151兆6,835億円へ、額で38兆8,829億円、率で34.5%増加しました。これに対する最終消費支出の割合は107%から108%と横ばいでした。消費者物価デフレーターで実質化すると、12.5%の増加でした。

以上、第二次危機は第一次危機とほぼ同じ経過をたどったのですが、輸入物価の高騰の国内物価への波及には差が見られました。第二次危機では、GDPデフレーターは、14.3%(第1次は57.5%)、消費支出のデフレーターは19.5%(65.1%)しか上昇しなかったのです。この差についてはecon-economeさんの「原材料価格の高騰に伴うインフレ期待の行方

が、参考になります。

第二次石油危機では、第1次危機の際にも生じた実質生産の増加、輸出価格の上昇、国内総資本形成の抑制に加えて実質輸入の減少もあり、デスペレートシナリオに陥ることが避けられたと言えます。

Ⅲ 教訓

 この二つの例から、次のような教訓が得られるでしょう。

1 輸入物価が高騰しても適切な対応を取れば、国民の生活水準の低下を避けることが可能であり、過度に心配する必要はありません。落ち着いて対応するべきです。特にマスコミが日本経済が破滅するなどと騒ぐのは無意味です。

2 この対応には2,3年かかります。このとき、国内物価のある程度の上昇は避けられません。また、適応が終わるまで一時的な生活水準の低下はあるかもしれません。

3 経済には調整力があり、輸入物価の高騰に対して、輸出物価の引き上げ、実質輸出の拡大、実質輸入の削減などが進みます。日本が輸入している原材料は多くの場合、他の国も輸入しているものであり、競争条件に大きな差が出る訳ではありません。また、原材料輸出国には巨額の所得が流れ込むので、支出が増える可能性は高いのです。これをうまく日本への需要に転化できれば、輸出を拡大し、輸出価格を引き上げられるチャンスが存在しています。物を売りたいなら金持ちのところに売り込みに行きましょう。市場経済の持っているこのような調整メカニズムを阻害しないことが重要です。

4 高騰の後では、投資は精選するべきです。無駄な投資を行い。消費水準を引き下げるべきではありません。

5 3、4にあげたような調整によっても、交易条件の悪化に伴う交易損失は避けられません。肝に銘じておくべきなのは、2回の危機で、国民生活の水準低下を防ぎ、逆に向上させるのに決定的な役割を果たしたのは生産の拡大だったことです。生産拡大が鍵なのです。このためには、国内の需要を過度に抑制することを避けなければならなりません。輸入物価の高騰に伴い国内物価はある程度までは上昇します。この上昇に伴い自然に節約が行われますので、コストの上昇がそのまま物価に転嫁されるわけではありません。このような自然な物価の上昇は受け入れるべきです。この上昇を需要の削減で抑制しようとすれば、生産が縮小してしまい、国民の生活水準は低下してしまいます。

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