なぜ雇用は改善し続けているのか?人的資本の生産が増えているから? その2

なぜ雇用は改善し続けているのか?人的資本の生産が増えているから?」で書いた最初の問題、本当に人的資本の生産が増えているのかは実証できるデータがあまりありません。学卒採用が増えていることぐらいです。一応、増えているのだと考えた場合の問題、なぜ、企業はそのような行動をとっているのかについて、私の考えをスケッチしておきます。

1 通常、企業はその企業に定着すると予想される労働者と流動していくと予想される労働者を組み合わせて、財やサービスの生産を行っている。定着型の労働者は、企業に定着するのだから、外部労働市場には登場しないのが普通である。必要な定着型の労働者はその企業で学卒者を採用、育成していくのが基本だろう。流動型の型の労働者は外部労働市場から採用することになる。このタイプについては企業はあまり育成を行わない。外部労働市場で、即戦力となる求職者、あるいはわずかな訓練で業務をこなすことのできる求職者を求めることになる。つまり、企業による人的資本の生産は、もっぱら定着型の労働者について行われる。

2 すると、定着型労働者は人的資本を多く持ち、流動型労働者の人的資本は相対的に少ないという図式になる。

3 将来のどの程度の定着型労働者が必要になるか、現在いる定着型労働者がどの程度やめていくか、どの程度人的資本を蓄積する必要があるかを見通しながら、定着型の労働者の採用を行い、すでに採用した労働者の育成を行うというのが、企業の通常の行動である。なお、育成は若手、中堅に手厚くなるだろう。

4 現在の業務をこなすのに必要な労働投入は、定着タイプの労働者のものがまず決まり、次いで流動タイプのものが決まるのが基本である。定着タイプの労働者にしかできない業務もあるが、そうではないものもある。特に、通常、育成途上の定着タイプに割り当てる業務の中には流動タイプでこなすことができるものが多く含まれていよう。

5 さて、1997年の金融危機以後、企業の将来の生産見通しは急激に低下し、当時企業内に蓄積されていた定着タイプの労働者の人的資本の総量は過剰になった。2000年代初めにかけて大規模なリストラが行われ、多くの人的資本を持つ定着タイプの労働者が外部労働市場に現れた。

6 企業には、定着タイプの労働者を自ら育成しなくても、中途採用により外部から調達できる機会が訪れた。また、新規学卒であれ、中途採用であれ採用をしようと思えば、いつでも採用できるという環境に恵まれた。これは、現在、新規採用を抑制し、人的資本の生産を減らしても将来の生産には差支えがないことを意味する。

7 このような状況の下で人的資本の生産を縮小するのは、他の企業もそうすると考えられる限り最適な行動である。このような形でナッシュ均衡が成立したのが、失われた20年であった。

8 この20年間で人的資本は削減が進んできた。団塊の世代の引退は総量としての人的資本の大幅な削減につながった。そして世代を考えると、採用抑制、育成抑制、流動タイプとしての就業により20代、30代の人的資本は劇的に削減が進んだ。この世代は40歳代前半に比べて人口が少ないことも人的資本の削減の背景となった。

9 このようなストックの調整が進んでいたところに、いわゆるアベノミクスが実行され、企業の将来の生産見通しがある程度上向きに修正された。

10 このため、多くの企業は将来の人的資本の不足を感じ始めたが、すでに外部労働市場に定着タイプの労働者はそれほどいなくなっていた。2000年代初めの40歳でも、現在は55歳以上になっている。新規学卒採用と育成を抑制してきたため、特に定着タイプとしての実務経験を積んだ30歳代はいなくなっていた。また、学卒の採用を増やそうとしたが、少子化により学卒者の総数は減ってしまっていた。新規学卒者を採用し、自ら育成する、つまり人的資本の生産を増やほかに手段がなくなっていたのである。

11 他の企業も人的資本の蓄積、学卒採用を始めるという見通しが成立し、その予想の下では自社も人的資本の蓄積と新規採用をするのが最適な行動である。つまり、新たなナッシュ均衡が成立した。

12 これが現在の姿である。

長い時間がかかった人的資本ストックの削減がようやく終わった。これが、私の仮説です。願望にかなり引きずられているような気がしていますが。これが正しければ、目先の生産が多少減っても、雇用、特に定着タイプの労働者の雇用は安定的に増加し、実質賃金がそれほど上昇しなくても、実質雇用者報酬は安定的に増加するでしょう。これと、雇用の安定がもたらす安心感が相まって、消費も大きくはなくても安定した伸びを続けることになります。雇用と消費の回復に先導された景気回復という、これまであまりなかった景気循環が起こることになります。この均衡が破れるのは、企業の生産回復の期待が崩れる時です。

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