続小野理論 最終回
「続小野理論 その9」の続きです。今回が最終回です。
Ⅶ 不況定常状態
1 流動性の罠
実質残高(貨幣)の限界効用に下限β>0が存在するとしよう。実質で測った貨幣をいくら持っていても追加的な貨幣から得られる効用が一定水準より下がらないということを意味する。
この場合、流動性プレミアム(実質残高の限界効用÷消費の限界効用)の分子に正の下限が存在する。家計の労働供給計画が実現し、完全雇用となって消費は最大になり、一定の量になる。このとき消費の限界効用は一定の水準になる。したがって、この時の流動性プレミアムにも下限が存在する。
外生的に与えられる名目貨幣供給を完全雇用一般均衡物価水準で割った実質貨幣残高に対応する流動性の限界効用=時間選好率×完全雇用での生産量に等しい消費に対応する消費の限界効用
完全雇用の水準が外生的に与えられるので、右辺の「完全雇用での生産量に等しい消費に対応する消費の限界効用」が決まる。また、一般均衡での時間選好率は、完全雇用に対応する消費によって決まるので、右辺の「時間選好率」も決まっている。右辺は所与となる。
これと、左辺の流動性の限界効用が等しくなりえるのは、「完全雇用での生産量に等しい消費に対応する消費の限界効用」より、流動性の限界効用の下限が小さいか等しい場合に限られる。もし、流動性の限界効用の下限>完全雇用での生産量に等しい消費に対応する消費の限界効用であれば、等式は成り立たない。つまり、完全雇用一般均衡は存在しない。
存在しない場合の経済的な意味は、外生的に決まる名目貨幣供給がどのような額であっても、一般物価水準がどのような水準にあっても、(これは実質貨幣残高がどのような水準であってもと言い換えられる。)完全雇用のもとで実質消費1単位を減らして流動性を増やしたときに、効用が高まるという状態にあることである。このとき、家計は流動性を増やすために消費を減らすので、財に対する需要は減る。生産も減り、雇用も減る。したって、完全雇用は均衡ではありえない。
3 貨幣と不況
ここで注意を要するのは、完全雇用一般均衡が存在しなくなる必要条件は、経済に貨幣が存在し、流動性選好が存在することである。つまり、完全雇用一般均衡が存在しないのは貨幣経済に特有の現象である。
先の、「外生的に与えられる名目貨幣供給を完全雇用一般均衡物価水準で割った実質貨幣残高に対応する流動性の限界効用=時間選好率×完全雇用での生産量に等しい消費に対応する消費の限界効用」を変形すると次の式になる。
外生的に与えられる名目貨幣供給を完全雇用一般均衡物価水準で割った実質貨幣残高に対応する流動性の限界効用÷完全雇用での生産量に等しい消費に対応する消費の限界効用
=時間選好率
この式の左辺は「外生的に与えられる名目貨幣供給を完全雇用一般均衡物価水準で割った実質貨幣残高と完全雇用での生産量に等しい消費に対応する消費」のもとでの流動性プレミアムである。右辺は「完全雇用での生産量に等しい消費」に対応する時間選好率である。等式が成り立つとき、完全雇用一般均衡は存在し、流動性プレミアムが大きいとき、不完全雇用となる。
4 利子率の基本方程式から導かれる不況定常の性質
それでは、このような不況定常状態では、生産量、消費量、雇用量、実質賃金率などの実物量と、一般物価水準、その上昇率、名目賃金率、その上昇率、名目利子率などの名目量はどのように決まるのだろうか?これを利子率の基本方程式から考えて行こう。
(1)財市場
定常状態の実質消費量は一定である。この水準がどれだけであるかはのちに明らかになる。このとき、消費の限界効用も一定である。
不況定常では、財市場は均衡している。実質消費量と生産量は等しい。生産量も一定である。企業の利益最大化行動から生産量は実質賃金率に対応して決まる。実質賃金率が高ければ生産量は減少する。したがって、実質消費に等しい生産が行われるように実質賃金率の水準が決まっていなければならない。不況定常においては、実質消費が一定であるので、実質賃金率も一定である。
(2)労働市場
労働市場は不均衡であり、労働供給の方が多い。労働供給は外生的に与えられている。
労働需要は実質消費が一定に保たれるので、一定である。実質消費が低い水準で一定であれば、労働需要も低い水準で一定となる。労働市場で一定の超過供給が発生しているので、貨幣賃金率は一定の率で低下し続ける。消費水準が低く、労働需要が少ないほど低下率は大きくなる。
(3)一般物価水準
不況定常では、実質賃金率が一定であり、名目賃金率が一定の率で低下し続けるので、一般物価水準は名目賃金率と同じ率で低下し続ける。この低下率も消費水準が低いほど大きい。
(4)貨幣市場
名目貨幣供給は外生的に与えられており、一定である。一般物価水準が一定の率で低下し続けるので、実質貨幣残高は一定の率で増加し続ける。実質貨幣残高の増加に伴って、それから得られる限界効用は低下し続けるが、これには下限があるので、下限に行きついたところで一定となる。
(5)利子率の基本方程式
家計が主体的均衡にあるためには、利子率の基本方程式が満たされていなければならない。つまり、定常状態においては、
定常状態の名目収益率=定常状態の消費の利子率(定常状態の時間選好率+定常状態の一般物価上昇率)=定常状態の流動性プレミアム(定常状態の実質残高の限界効用÷定常状態の消費の限界効用)
が成立していなければならない。不況定常では実質残高の限界効用は下限に張り付いているので、
不況定常状態の名目収益率=不況定常状態の消費の利子率(不況定常状態の時間選好率+不況定常状態の一般物価上昇率)=不況定常状態の流動性プレミアム(実質残高の限界効用の下限÷不況定常状態の消費の限界効用)
となっていなければならない。
一定である消費水準にかかわらず、消費水準が一定である定常状態で時間選好率が一定であると仮定する。また、定常状態の一般物価上昇率(実際は下落率)は、一定である消費水準が低いほど小さい。すると、一定である消費水準が低いほど不況定常の消費の利子率は低くなる。横軸に消費水準を取り、縦軸に不況定常の消費の利子率を取ると右上がりのカーブとなる。(テキストの図5-3のl曲線)
これに対して一定である消費水準が低いほど、消費の限界効用は大きくなり、実質残高の限界効用は一定であるので、流動性プレミアムは消費水準が低いほど小さい。横軸に消費水準を取り、縦軸に不況定常の流動性プレミアムを取ると、やはり右上がりのカーブとなる。(テキストの図5-3のπ曲線)消費水準がゼロの時の消費の限界効用は無限大であるので(仮定14))、この時流動性プレミアムはゼロである。したがってこの曲線は原点を通る。
二つの曲線の交点が不況定常の実質消費水準である。
交点が存在する十分条件を考えよう。
完全雇用に対応する消費水準では、流動性プレミアムが消費の利子率を上回っているのが不況均衡の必要条件であった。この時のl曲線はπ曲線よりも上にある。消費水準がゼロの時l曲線は原点にあるので、もし、二つの曲線が連続であり、消費水準がゼロの時のπ曲線が原点消費水準がゼロの時のπ曲線が原点と等しいか、大きい位置より高い位置にあれば交点が少なくとも一つ存在する。
消費水準がゼロの時のπ曲線が原点より高い位置にあるということは、消費水準ゼロの時の一般物価の上昇率が時間選好率よりも小さいということである。
不況定常状態の安定性については、次のように考えられる。不況定常状態よりも消費水準が高いと、流動性プレミアム>消費の利子率であり、家計は消費を減らして流動性を増やそうとする。したがって消費は減少する。逆に、不況定常状態よりも消費水準が低いと、流動性プレミアム<消費の利子率であり、家計は消費を増やそうとする。したって、不況定常状態は安定である。
かなり、長く続けてきましたが、小野理論の説明は今回で終わりにします。
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