物価スライド、物価スライド特例措置、物価スライド特例水準

お詫び 物価スライド特例水準を変更するルールの説明が間違っていました。2011年4月20日に修正しました。

実際に支払われている老齢年金はどれぐらいの額なのか?」で、現実に支払われている年金の額を紹介しました。

さて、公的年金は、最低限必要な加入期間を満たしていれば、ある年齢になれば受け取ることができます。受け取り始めるときに過去の保険料の金額などに応じて金額が決まります。

いったん決まった後に物価が上がっていくと、額面変わりませんが、その年金で買えるものの量は減ってしまいます。年金額が月5万円だとします。1年後に物価が10%上がれば実際の価値は5万円÷1.1で4万5、455円に減ってしまいます。この上がり方は極端ですがたとえ1%ずつでも上がっていくと、長い間には大きく目減りしてしまいます。年金を受け取り始めて長くたつ、イコール年を取るということですから、年を取るごとに年金で買えるものの量が減っていくということです。生活水準は下がってしまいます。

働いて補おうと思っても年を取るごとに働いて収入を得るのは難しくなります。物価の上昇は老後の生活を脅かすのです。

そこで、物価の上昇に合わせてすでに年金を受け取っている人の年金額(「既裁定年金」と名づけられています。)を増やすという仕組みが作られています。これが物価スライドと呼ばれるものです。毎年4月に年金額が変更されます。具体的な仕組みは次の通りです。

まず、年金額を変える年の前の年の消費者物価の上昇率を調べます。総務省の統計局が調べて発表しています。1月から12月の消費者物価の平均をとります。一番最後の12月の消費者物価は、1か月後、翌年の1月末に公表されます。これを受けて4月から金額を増加させます。物価上昇率が5%であれば自動的に5%引き上げられます。

ただし、賃金の上昇率が物価の上昇率を下回った場合には賃金の上昇率しか上げないことになっています。普通、賃金の上昇率は物価の上昇率よりも高いと考えられていたので、これはやや例外的な事態への対応策でした。なぜこのような対策が必要だったかというと年金の支払いの元手になるのが働いている人の賃金であるからです。あとでもう少し説明します。

では、逆に物価が下がったときはどうするのか?年金の実質的な価値を維持するのが物価スライドの目的ですから、同じように下げるということになります。制度としてはそうなっているのですが、実際に下げるのには抵抗がありました。高齢者は年金の額に敏感です。なかなか、理屈通りにはいきません。あげるのは簡単なのですが下げるのは難しいのです。

年金額がどのように推移してきたかは「年金額の改定の仕組み」に示されています。

平成11年の消費者物価は0.3%下がりました。本来なら平成12年度の年金は0.3%下げられるはずだったのですが、特例措置で下げないことにしました。

その平成12年の消費者物価も0.7%下がりました。平成13年度の年金が0.7%下げられたかというと、再び特例措置で下げないことにしました。

そして平成13年の消費者物価は、また、0.7%下がりました。平成14年度の年金も、三度特例措置で下げないことにしました。

3年間の合計で1.7%引き下げられるべきところを引き下げずに済ましてしまったのです。年金の実質価値は本来の水準より1.7%増えたということになります。

そして平成14年の消費者物価は、またしても下がりました。0.9%の下落です。さすがに平成15年度の年金は0.9%引き下げられました。

平成16年度も0.3%引き下げられました。そして、平成16年は消費者物価は横ばいだったので、平成17年度の年金額も変化なしになりました。

平成17年の消費者物価は、またしても0.3%下がりました。原則通り平成18年度の年金は0.3%引き下げられました。

この時点では、原則通りに決めていた場合に比べて年金額は1.7%高い水準になっていました。当初はこんなに長い間物価の下落が続くとは考えていなかったのでしょう。すぐまた消費者物価が上がるから、上がった時に年金額を引き上げなければ原則通りの年金額に戻せると考えていたのではないかと思います。ところがこんなに長くデフレが続くとこの差を埋められません。そこで、平成16年に、一つの制度改正が行われました。

原則通りの年金額(これは「本来水準の年金額」と呼ばれています。)のほうには次のルールを適用します。

物価の上昇率より手取り賃金の上昇率が低いときは、手取り賃金の上昇率で改正する。ただし、このように物価の上昇率より手取り賃金の上昇率が低いときでも、手取り賃金の上昇率がマイナスになったときは、年金額は変えない。

このルールの効果は二つあります。ややこしいので、表にします。

A 手取り賃金の増加率>消費者物価の上昇率>0%→消費者物価の上昇率で引き上げる。(これまでどおり。)

B 消費者物価の上昇率>手取り賃金の増加率>0%→手取り賃金の増加率で引き上げる。

C 手取り賃金の増加率>0%>消費者物価の上昇率→消費者物価の上昇率で引き下げる。(これまでどおり。)

D 消費者物価の上昇率>0%=または>手取り賃金の増加率→変えない。

E 0%>手取り賃金の増加率>消費者物価の上昇率→消費者物価の上昇率で引き下げる。(これまでどおり。)

F 0%>消費者物価の上昇率>手取り賃金の増加率→消費者物価の上昇率で引き下げる。(これまでどおり。)

これによって、本来水準の年金額は上がりにくくなりました。説明します。消費者物価の上昇率で引き上げたり、引き下げたりするのはこれまでのやり方なので、変わっているのはBの場合とDの場合です。

Bの場合は、これまでなら消費者物価の上昇率で引き上げられていたのですが、手取り賃金の増加率に抑えられます。上げ幅が小さくなるのです。

Dの場合は、これまでなら消費者物価の上昇率で引き上げられていたのですが、引き上げられなくなります。

要するに、現実に二つのケースが起こったときは、上がりにくくなるのです。

実際には、平成19年度と21年度の年金額改正の時にこれらのケースが起こりました。19年度には物価の上昇率は0.3%、そして賃金の上昇率が0%だったので、Dのケースに当てはまり年金額は改訂されませんでした。21年度の改正の時には、物価の上昇率は1.4%でしたが、賃金の上昇率は0.9%でした。Bのケースに当てはまります。年金の改定率は0.9%にとどめられました。

さて、こうすると年金の財政にはプラスの効果を持ちます。つまり保険料も抑えやすくなるのですが、特例措置の影響で高止まりしている年金の水準をそのままにしておくと、1.7%のギャップは埋まりにくくなります。

そこで、こういうルールになりました。

ルール1 年金額は前の年より物価が上がっても上げない。

ルール2 物価が変動して17年の物価よりも低くなった時には、毎年の年金額=18年度の年金額×(その年の前の年の物価水準÷17年の物価水準)とする。つまり、引き下げる。

ルール3 ルール2で引き下げた後、物価が上がっても年金額は引き上げない。つまりルール1をもう一度適用する。

ルール4 X年に物価が下がって、ルール2に従ってX+1年度の年金額を引き下げた後、Y年にさらに物価が下がったときは、Y+1年度の年金額は次のように決める。

毎年の年金額=X+1年度の年金額×(Y年の物価水準÷X年の物価水準)

ルール4でY+1年度に引き下げた後に、Z年に物価が上がっても年金額は上がらず、Z年に下がったら、同じように次の式で引き下げます。

 毎年の年金額=Y+1年度の年金額×(Z年の物価水準÷Y年の物価水準)

この式は前の式のXをYで置き換え、YをZで置き換えたものです。

その後も同じことを繰り返します。

この方式だと年金額が下がることはあっても、上がることはありません。また、下がっても17年度の年金の実質価値は維持されます。

このようにして決まる年金額の水準は「物価スライド特例水準」と呼ばれています。

このやり方だと、原則通りの年金の改正のルールのAの場合、Bの場合には、物価スライド特例水準は上がらず、本来水準の年金額は上がりますから、この状態が続けば1.7%のギャップは小さくなります。

ところが、残念なことにこれが起こったのは平成21年度の年金額の改正の時だけです。

19年度、20年度は原則の水準はDで変更なし、物価特例水準も変更なしでギャップは縮まりませんでした。

21年度は本来水準は0.9%上昇、物価特例水準は据え置きで、ギャップは0.8%に縮まりました。

22年度の改正の時には21年の物価が1.4%下がり、本来水準は1.4%下がりました。ところが、物価特例水準の基礎となる21年の物価水準が17年の物価水準より上にあったため改正されませんでした。この結果、ギャップは、逆に2.2%に広がってしまいました。

23年度の改正でも、21年の物価が0.7%下がったので、本来水準は0.7%下がりました。物価特例水準の基礎となる21年の物価水準は17年の物価水準より下がりましたが、その幅は0.4%でした。このため、この水準は0.4%しか下がりませんでした。ギャップは再び拡大し、2.5%になりました。

もし、「物価スライド特例水準」を決めるルールを、年金額は前の年より物価が上がっても上げない。物価が下がったときは下がった率で下げるとしておけば、こうはならなかったのですが。

では、24年度にはどうなるかということです。

A 手取り賃金の増加率>23年の消費者物価の上昇率>0%→本来水準は消費者物価の上昇率で引き上げられ、物価スライド特例水準は現状維持。→ギャップは縮まる。特に、物価上昇率が2.9%以上になればギャップは解消する。

B 消費者物価の上昇率>手取り賃金の増加率>0%→本来水準は手取り賃金の増加率で引き上げられ、物価スライド特例水準は据え置かれる。→ギャップは縮小する。

C 手取り賃金の増加率>0%>消費者物価の上昇率→本来水準も特例スライド水準も消費者物価の上昇率で引き下げられる。ギャップは変化なし。

D 消費者物価の上昇率>0%=または>手取り賃金の増加率→本来水準も物価スライド特例水準も据え置かれ、る。ギャップは変わらない。

E 0%>手取り賃金の増加率>消費者物価の上昇率→本来水準も特例スライド水準も消費者物価の上昇率で引き下げられる。ギャップは変化なし。

F 0%>消費者物価の上昇率>手取り賃金の増加率→本来水準も特例スライド水準も消費者物価の上昇率で引き下げられる。ギャップは変化なし。

結局ギャップが縮小するのは、AとBの場合です。つまり、消費者物価の上昇率と手取り賃金の増加率の両方が正になったときです。

さて、なぜ、ギャップの解消を気にするのかという声が上がりそうですが、それは、このギャップがなくなることがマクロ経済スライドが働き始める条件になっているからです。「マクロ経済スライド」の説明は次のエントリーにありますが、年金制度を安定させるために有効なシステムです。

なお、国民年金の詳細な制度の仕組みを知りたい方には、「国民年金制度の概要

がお勧めです。

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