現在の仕組みでは年
金保険料は物価や賃金の上昇率に応じて平成29年度までは、徐々に引き上げられていきます。平成29年度以降は金額を固定することになっています。平成29年度に最終的な保険料の水準に達すると、その後は、物価や賃金が上昇しても(下落しても)それ以上は引き上げない、固定されるということです。
すると最終的な保険料×被保険者数(加入者数)が保険料の総額になります。基本的には、この額で年金の支払いを賄うことになります。「基本的には」という条件を付けたのは保険料の積立金が存在しますので、ある程度それを取り崩して年金の支払いに充てることが可能だからです。最終的な保険料の水準に達した後は、長期的な保険料収入の伸びは、加入者数の伸びによって決まります。
一方、年金の支払総額は、年金の受給者×一人当たり年金額です。一人当たり年金額は、物価が上昇すると増加します。受給者数は受給開始年齢である65歳の平均余命が延びると多くなります。
この年
金保険料と年金支払い額は常にバランスが取れるでしょうか?仮に、年
金保険料を受給者数で割った額を年金額とするという仕組みであれば、常にバランスは取れます。しかし、年金の額をこのように決めていない以上、常にバランスをするという保証はありません。
年金は長期的な制度なので、長期間にわたって、年金の支払いが可能でなければなりませんし、長期的に支払い可能であれば1年の収支をそれほど気にする必要はありません。
そこで、長期間にわたって安定した支払いができるかどうかを少なくとも5年に一度検証して確認することになっています。これを「
財政検証」といいます.。
財政検証は、基本的には保険料収入の伸びと年金支払額の伸びの予測に基づいて行われます。この
財政検証では、おおむね将来100年間にわたり年金財政の均衡を保つことができるかどうかを検討します。
財政検証では、様々な要素を考慮しますが、上の説明でもお分かりの通り、物価の動向、加入者数の伸びの見込みや受給者数の伸びの見込みが重要です。なお、受給者数は65歳の平均余命が延びると増えますので、この余命が重要です。
さて、
財政検証をした結果、おおむね100年間の
財政均衡期間にわたり年金財政の均衡を保つことができるとなれば問題はありません。
この場合、年度ごとに
年金額=前年度の年金額×(物価スライド率)
という基本に従って年金額を改定していきます。物価スライド率は前年の
物価上昇率が5%であれば1.05です。
できないないと見込まれる場合は、何とかしなければなりません。平成27年までの保険料改正のルールがあり、その後は保険料を固定するという点は変更しないとされています。この前提の下では、支出である年金額を変えるほかありません。
この変更のルールそのものが、そしてこのルールに従った変更も、「マクロ経済調整」と呼ばれています。
これは
年金額=前年の年金額×(物価スライド率)×(マクロ経済スライド率)
という式に従って決めることになっています。
この
マクロ経済スライド率は次のように決められます。
マクロ経済スライド率=(5年度前の公的年金の加入者数で2年度前の公的年金の加入者数を割ったものの3乗根)×(1-平均余命の増加率)
となっています。
イメージをつかむために、5年度前の
公的年金の加入者数で2年度前の
公的年金の加入者数を割ったものの3乗根の数値例を示しておきます。
5年前の加入者が5,000万人で3年前では4,000万人に減っていた場合(こんなことが起こったら大変ですが)、0.9283
5年前の加入者が5,000万人で3年前では4,910万人に減っていた場合)、0.994
5年前の加入者が5,000万人で3年前では4,950万人に減っていた場合、0.9967
要するに加入者の減り方が大きいほどこの数字は小さくなります。つまり年金額は減ります。年
金保険料を払う人数が減ったときには年金額が下がるという仕組みになっているのです。
見込みでは、(5年度前の
公的年金の加入者数で2年度前の
公的年金の加入者数を割ったものの3乗根)は0.994となっています。
また、平均余命の伸びは0.003と法律で決められています。過去の実績をもとに決めているのでしょう。このため、(1-平均余命の増加率)は0.997になります。平均余命が延びれば、つまり、受給者数が伸びれば年金額が減るという仕組みになっています。
結局、加入者の変化が見込み通りであれば、
マクロ経済スライド率は、
0.994×0.997=0.991
となります。年率0.9%減るということです。
しかし、この仕組みをそのまま使うと、問題が生じます。実は、問題ではないという考え方もあり得ます。それは、物価の上昇率がこの率を下回った場合です。この時には名目年金額は減ることになります。そこで、基本的には、名目年金額を下げないという考え方で
マクロ経済スライド率が修正されます。3つのケースに分けられます。
ケースA 物価上昇率が0.9%を超えているとき
マクロ経済スライドをそのまま実施します。この場合、名目年金額は増加します。
ケースB 物価上昇率が0以上0.9%までのとき
物価上昇の範囲内で
マクロ経済スライドを実行します。つまり年金額は変わりません。
ケースC 物価が下がっているとき
マクロ経済スライドは実施せず、物価の下落率だけ名目年金額を減らします。
次の表は、5年度前の
公的年金の加入者数で2年度前の
公的年金の加入者数を割ったものの3乗根)は0.994となっていることを前提としたものです。
マクロ経済スライド(%)物価上昇率 | 年金改定率 | 差 |
---|
2.0% | 1.1% | 0.9% |
1.5% | 0.6% | 0.9% |
1.0% | 0.1% | 0.9% |
0.9% | 0% | 0.9% |
0.8% | 0% | 0.8% |
0.7% | 0% | 0.7% |
0.6% | 0% | 0.6% |
0.5% | 0% | 0.5% |
0.4% | 0% | 0.4% |
0.3% | 0% | 0.3% |
0.2% | 0% | 0.2% |
0.1% | 0% | 0.1% |
0% | 0% | 0% |
-0.1% | -0.1% | 0% |
-0.2% | -0.2% | 0% |
差が0%となっているところでは
マクロ経済スライドは全く働いていません。0.1%から0.8%の所では部分的に働いています。完全に働くのは差が0.9%となっているところ、つまり物価の上昇率が0.9%以上の場合だけです。
この差は、年金の実質的な購買力が低下する率です。
どの場合も、加入者数が減ったり、平均余命が延びたりして年金の収支バランスが悪くなっているのですが、Cの場合は全く年金額が調整されません。Bの場合は部分的に調整されます。完全に、年金額が調整されるのは、Aの場合だけです。
加入者数が減ったり、平均余命が延びたりして、物価が下がる場合が、収支バランスの回復という観点からは、最悪です。
デフレは年金財政にとって大きな負担なのです。
年金の財政を安定させるという観点から、
マクロ経済スライドを改善するなら、いくつかの方法が考えられます。
ケースCのように物価が下がるようなときは不況であることが多くいと考えられます。こういうケースでは保険料を支払う加入者の実質的な所得も減っている可能性が高いでしょう。そのとき、今の仕組みでは物価スライドにより名目的には年金額は下がりますが、実質的な価値は維持されることになります。加入者の生活が苦しいとき、年金受給者の生活が安定することになります。物価、物価スライドの率と
マクロ経済スライドを切り離し、常に
マクロ経済スライドを実施するという方向があり得ると思います。もし、名目額の下がり方をマイルドにする必要があるなら、物価スライド率と
マクロ経済スライド率の下限を設けるというやり方が考えられます。物価が1.1%以上上がったときでも2%以上は下げないといった数字が考えられます。
二つ目は
マクロ経済スライド率を、景気に対して反応するようにすることです。このスライド率計算する時に用いる(5年度前の
公的年金の加入者数で2年度前の
公的年金の加入者数を割ったものの3乗根)は、国民皆年金という制度を前提にすると、景気にではなく人口動態によって決まります。平均余命の伸びも同じです。今の仕組みだと景気にはあまり反応しません。そこで経済が悪化した時には
マクロ経済スライド率を大きくするような仕組みの導入が考えられます。具体的な方法として
公的年金加入者を単純に合計するのではなく、保険料が完全に減免されている人は0人、半額免除されている人は0.5人と取り扱うという方法がいいのではないかと思います。景気が悪化すると、所得が少なくなって免除を受ける人が増えます。この仕組みにすると景気が悪くなると加入者が減り、
マクロ経済スライド率が大きくなります。加入者の生活が厳しくなる不況期には年金受給者の生活も悪化することになります。
当然ではありますが、デフレをなくすことが対策の基本です。「
物価スライド、物価スライド特例措置、物価スライド特例水準」で説明したように、物価が上がって物価スライド特例水準に本来の水準が追い付かないと
マクロ経済スライドも始められないという事情もあります。
また、人口を減らさないようにすることが年金制度安定の根本であることは言うまでもありません。
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