基軸通貨(国)の条件
Baatarismさんが、基軸通貨の条件が「基軸通貨や決済通貨がどのようにして選ばれるかというのは、どうもよく分からないんですよね。単純に債権国であれば良いというわけでもなさそうだし、軍事や外交との関係もあるようなないような。」と書いておいでなので。http://d.hatena.ne.jp/Baatarism/20081126
通貨、あるいは貨幣の機能は、計算単位、価値の保存手段そして何よりも交換手段です。基軸通貨であれば、まず、国際的な取引の決済に使えるものでなければなりません。
そこで、基軸通貨を考える前提として、貿易に絡んだ決済の流れを見ておきます。実際には手形を使わない方向に動いているらしいのですが、はっきりと分かりません。また、そもそも外国為替の取引は投資活動によるものの方が多くなっているようですが。
まず、単純に二国間の取引で、どちらかの国の通貨を契約、決済に使う場合です。次のような決済ルートが考えられます。決済通貨は輸出国の通貨になり易い傾向があるようです。
契約・決済が円で行われる場合であれば、次のような流れになります。簡単化のために手数料などは無視します。日本からインドネシアに商品を輸出する例を考えてみます。
1 日本から1億円の輸出をすると、商品をインドネシアに送った段階で、日本の輸出業者は代金の取り立てを依頼する円建て輸出手形を発行し、日本の銀行に円で買い取ってもらう。
2 日本の銀行はコルレス契約を結んでいるインドネシアの銀行に依頼して手形の取り立てを依頼する。
3 1億円分のルピアを取り立てたインドネシアの銀行は、自行にある日本の銀行の円建て決済勘定を1億円増やす。ここで通貨の交換が行われる。
こうすると日本の銀行は日本で1億円を支払い、インドネシアで1億円受け取ることになる。
この例ではインドネシアの銀行がルピアと円の交換を行っています。まず、例が少ないと思いますが、ルピアを契約・決済に使っても同じような流れができあがります。
このように二国間の取引だけであれば、原理的にはどちらの国の通貨を使っても取引は不可能ではありません。しかし、あえて、第三国の通貨が使われる場合があります。このような通貨が基軸通貨です。
この場合には、決済の体系はやや複雑になります。ドルが決済に用いられる場合を考えると次のような流れが想定できます。日本のJ銀行はアメリカのX銀行と、インドネシアのI銀行はアメリカのY銀行とコルレス契約を結んでいるとします。
1 日本から1億円の輸出をすると、商品をインドネシアに送った段階で、日本の輸出業者は代金の取り立てを依頼する円建て輸出手形を発行し、日本のJ銀行に円で買い取ってもらう。これは上の例と同じ。
2 日本のJ銀行はコルレス契約を結んでいるアメリカのX銀行に手形を送り、X銀行は、自行にあるJ銀行の口座の残高を100万ドルを増加させる。ここで、円がドルに交換される。ここでの取引が銀行間の外国為替の取引です。
3 X銀行は手形をFRBに送り、FRB(これはboardではなくbank、連邦準備銀行です。幾つかありますが、ニューヨーク連邦準備銀行です。)はX銀行の口座の残高を100万ドル増やし、Y銀行の口座の残高を100万ドル減らす。
4 Y銀行は自行にあるIJ銀行の口座の残高を100万ドルを減らす。
5 I銀行は自行にある輸入業者の口座の残高を100億ルピア減らす。ここでドルからルピアへの交換が行われる。
これは銀行と顧客の間での外国為替の取引です。
さて、なぜ、第三国通貨を契約と決済に使うのかという問題があります。簡単に言えばコストの削減とリスクの最小化のためと考えるのが自然でしょう。
銀行の立場から言えば、相手国通貨を使うと、多くの銀行とコルレス契約を結ばなくてはなりません。また、様々な通貨を用いることになり、管理が大変です。そもそも安心してコルレス契約を結べる銀行が相手国にあるのかという問題もあります。さらに、相手国が外国為替について様々な規制を設けていると不便だということもあります。逆に考えれば、
一つの国の通貨で決済をすることにすれば、様々なコストとリスクを減らすことができます。
では、どの通貨が選ばれるのでしょうか?その条件を思いつくままに並べてみると次の通りです。
国のレベルの問題として
1 その国に非常事態が発生しにくいこと。ある朝目が覚めると、外国軍に占領されていたとか、クーデターが起こっていて戒厳令が敷かれ、中央銀行や商業銀行の職員が出勤できないというような国は、いくら金持ちでも基軸通貨国になれません。
2 その国が非常事態に陥っても滅多なことでは、外国為替市場を閉鎖したりしないこと。
為政者が市場の価値を理解していることと言い換えられるかもしれません。ロシアや中国は実態がどうであるかはともかく、この点で信頼されにくいでしょう。
3 外国為替取引に制限が極めて少ないこと。IMFの8条国であることは最低限の条件でしょう。資本取引の制限も少ない方が良いです。
4 その通貨の対外的な価値の変動幅が大きくないこと。
5 4と関連しますが、大幅なインフレやデフレがあると問題です。ジンバブエの通貨は基軸通貨になりにくいでしょう。
6 極端に外貨事情が良くないというのも困ります。国家破産の可能性があると、ちょっと安心できません。氷の国はこの条件で失格です。
銀行システムの問題として、
7 このような通貨の決済を支える銀行間決済システムが存在し、安定的に機能すること。停電などという事態も困ります。
8 7を具体的にしたものとも言えますが、 通常は各銀行の中央銀行に対する預金を相互に振り替えて決済が行われるので、安定のためには中央銀行が存在し、銀行の銀行、最後の貸し手として銀行間の決済を支えることが必要です。もちろん、この中央銀行が腐敗しておらず、事務処理について有能であることが条件になります。この点、日銀は大丈夫です。
連邦準備システムが提供しているドルの決済システムは、Fedwireという名前です。
9 また、コルレス契約を結ぶ銀行の経営が安定していることも必要です。大手銀行でも経営が不安定であったり、自己資本比率が低いのは問題です。単に、規模だけの問題ではありません。あまりにもアニマルスピリットに富む銀行というのはどうでしょうか。
単純になんの条件とも言えませんが
10 外国為替の取引費用が大きくないこと。ルピア→ドル→円という交換にかかる費用がルピア→円という交換にかかる費用よりも安ければ、ドルが決済通貨として用いられる可能性が高くなります。コストは取引高が大きいほど安くなるでしょうから、多額の貿易をやっている国の方がいいでしょう。多額の金融取引でも良いかもしれません。あまりに取引量が少ないと、1回の少額の取引で為替相場が大きく動いてしまう虞が出てきます。
こういった条件を満たす通貨、国はそう多くありません。国際決済銀行の統計によると、2007年の銀行間の国際的な決済のうち、ドルが86%、ユーロが37%、イギリスポンドが17%、我らが日本円が15%、スイスフランとオーストラリアドルが7%、といったところであるようです。通貨の交換は二つの通貨の間で行われますから合計は200%です。殆どの取引でドルとの交換が行われていると言っていいでしょう。
ついでですが、このような貿易の決済にFRBが絡んでいるということは、FRBが阻止しようと思えば特定国の貿易決済を事務的に不可能にすることが可能であるということでもあります。このような形で経済制裁を実施できるのが、基軸通貨国の特権です。
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