ハローワークの市場化テストとインセンティブスキーム

市場化テスト その7」に関連する面白い議論がありました。

hamachanさんが、珍しく、新聞の社説をほめています。http://eulabourlaw.cocolog-nifty.com/blog/2007/04/post_5edd.html

ハローワーク市場化テストに関する東京新聞の社説です。

ハローワークに来る求職者の約三割が中高年などの失業者で、これに障害者たちを合わせると七割が社会的弱者である。職業紹介を民間委託した場合、こうした人たちが公平・公正に扱われるのか不安が残る。

 民間企業は利益追求に走りがちだ。規制緩和では偽装請負や実体のない大学の出現など不祥事が後を絶たない。委託業者がハローワークの情報を流用したり弱者に対して差別的な扱いをしたら、安全網でなくなる。不正防止策の確立が課題だ。」

この社説の基になった経済財政諮問会議の2007年4月6日の会議の議事要旨はこれです。(http://www.keizai-shimon.go.jp/minutes/2007/0406/shimon-s.pdf

ここで、柳沢厚生労働大臣が発言をされています。こんなものです。

ハローワークは国民の勤労権保障の具体的な措置として、就職困難者に対する最後のセーフティーネットとなっている。(中略)まさしく公平公正がその基本にあるということである。(中略) 弱者が非常にバラエティーに富む、なかなか外側からは判定できない、という特殊性をもっていることからして、これを入札にかけて、あるいはそこにインセンティブをかけて、就業できるようにするといっても、外見からそれに適した人間かどうかはなかなかわからない、本当の意味できめ細かな就業支援が必要だと考えており、外見を主なメルクマールにとった入札にはなじまないのではないかと考えている。」

「私は別段、全部がだめだとだめだめ論を言っているわけではない。こういうことをやった場合にどういうことが問題となりえるかについて、衝に当たっている者としての懸念を申しあげている。」

この発言、実は、市場化テストの基本的な問題を提起されているのです。しかし、分かりにくい発言です。議事要旨を読む限りでは、民間議員も大臣が何を言っているのかよく分からなかったようで、提起された問題に対する回答が行われていません。なんというか、理解されにくい方なのでしょう。

大臣が提起した問題は、政府が望むような就職支援を民間事業者に行わせるためには、どのようなインセンティブスキームを作ったらいいかというものです。ハローワークの職員であれば厚生労働大臣の部下ですから、命令してやらせればいいのです。いかにして職員の努力を引き出すかという問題はありますが、これは民間企業でもやっていることです。

長期失業者の就職支援へのインセンティブスキームがすでに実行されています。このような内容です。

民間事業者による就職支援サービスを提供した場合・・・・・・・20万円が上限

1年以内に職業を紹介して就職させた場合の追加額・・・・・・・10万円が上限

その後6ヶ月職場に定着した場合の追加額・・・・・・・・・・・30万円が上限

国は、支援対象者が長期失業者であるということ、そして年齢などの「外見」から分かるな情報はもっています。しかし、同じ、長期失業者といっても、性格や意欲、家庭程の状況(例えば就職するために引越しが可能かどうかなど)、どのような就職を希望しているかなど「非常にバラエティーに富む、なかなか外側からは」就職支援の困難さは「判定できない」わけです。

しかし、実際に就職支援を行う民間事業者は、カウンセリングや実際の支援を行うことによって、徐々にではありますが、就職させやすい人、つまり余りコストを掛けなくても済みそうな人なのか、就職させにくい人、相当なコストを掛けないとならなそうな人なのかを知ることができます。それすら判定できないなら、そもそも適切な就職支援はできないでしょう。国と民間事業者との間には、経済学でいう情報の非対称性が、必然的に存在するのです。

さて、国は定額で支払いをしています。民間事業者が紹介して就職まで進むと、30万円を受け取ることができます。ここが損益分岐点です。もし、就職支援にかかるコストが20万円と見込まれれば、この人に対しては紹介まで含めたサービスを行うべきです。しかし、もし、50万円掛かりそうだということになれば、サービスの程度を落とすべきです。例え就職に成功させたところで、必要と見込まれる経費は50万円、もらえるのは30万円です。20万円の損ですから。全然サービスを提供しないと、問題になる可能性がありますから、支援を行えば受け取ることができる10万円の範囲内で適当な水準のサービスを提供することになるでしょう。

つまり、民間事業者は、国が持っていない情報を利用して、自らの利益を最大にするために支援対象者を選別し、サービスに差をつけることになります。民間企業の立場からすれば、そうするのが当然です。株主に対する義務でもあるでしょう。

しかし、国としては、あるいは厚生労働大臣としては、それは困る。就職が容易な人が支援対象から除かれるならまだしも、就職が困難な人が真っ先にサービスの対象からはずされるようでは困るのです。まず、ハローワークが「就職困難者に対する最後のセーフティーネット」である以上、就職困難者を選別して支援の程度を落とすなどあってはなりません。ハロ-ワークの活動が税金でまかなわれている以上、就職支援は「まさしく公平公正がその基本」なのです。さらにいえば、むしろ就職が難しい人こそ、手厚く(コストを掛けて)支援をして、就職させてほしいでしょう。

国の立場と民間事業者の立場には差があるのです。差であって、どちらが正しいというものではありません。しかし、国民の税金を使う限り、国は政策目標を達成するための方策を探らなくてはなりません。現在のインセンティブスキームではうまくいかないのです。

具体的には、外見的には同じだけれども、実はその中で就職困難な人たちが「公平・公正に扱われ」ないのです。現在のインセンティブスキームをこのまま使えば、東京新聞の懸念は的中してしまうでしょう。

人気blogランキングでは「社会科学」の35位でした。今日も↓クリックをお願いします。

人気blogランキング