雇用保護 その5

雇用保護 その4」の続きです。

長期雇用には企業の側にも労働者の側にもそれなりのメリットがあることは認められています。つまり、社会全体としてもメリットがあるわけです。

この代表的な例としては、こんなものがあります。

熟練工の養成、技能形成があります。企業は、一時的な不況の際にも労働者の首を切ったりせず、労働者に技能形成の機会を提供し、労働者は技能を活用して働く。賃金は長期雇用の期間を通じて生産への貢献とバランスの取れたものとする。

しかし、長期雇用を実現するためには、両者が相手を裏切らなず、かつ相手も裏切らないと確信している必要があります。

これがコンビニに買い物に行って商品と代金を交換するというなら、ほとんど問題はありません。「時間給800円の比較的単純な作業を5時間して、4,000円もらう。」というような場合も大きな問題はありません。労働者がさぼるとか、お釣りをくすねるとか、使用者がやるはずだった仕事以外の仕事を押しつけたり、セクハラ、パワハラをしたり、嫌みなお説教をしたり、サービス残業をさせたり、甚だしいのでは、賃金を払わなかったりという労働に付き物の問題はありますけれども。

なお、誤解のないように付け加えておきます。これらが重要ではないと行っているわけではありません。商品と代金を交換するということに比べると、人間が働いて賃金を受け取るというのは、変な言い方で気が引けるのですが、人間が関係している限り、ひどく人間的な問題を発生させるのです。

さて、長期雇用の話に戻りまして、日本の長期雇用の場合、若いときは賃金が生産への貢献に比べて低く、年を取ると逆になるという傾向があります。整理解雇のとき中高年齢者が対象にされるのはこのためです。

この場合、労働者とすれば若いとき、会社の約束を信じて一生懸命働き、技能を身につけても、いざ中高年になると整理解雇の標的にされるというリスクがあることになります。

このリスクがある限り、いかに望ましいものであっても長期雇用が成立しないおそれがあるのです。

あまりにこのリスクが高すぎると労働者が考えた場合は、長期雇用はほとんど成立しないでしょう。

これまで、大企業で長期雇用が見られたというのは、生産技術の点で、大企業が技能を必要としたことのほかに、大企業ならば、雇用保障能力が高かったということもあるでしょう。例えば、一部の製品の売れ行きが悪ければ、他の製品の生産に切り替えることができます。なお、、これにはしばしば、配置転換、職種転換、転勤などが伴います。労働者が、これを受け入れるのは当然だと考えられてきました。下請けを使っているので、下請けに出していた仕事を自社でやることに知るとか、臨時工などを雇っているので、そちらをバッファに使えるとか様々な手法が使えます。財務が安定しているので一時的な不況には耐えられるという事情もあります。大企業ならば、裏切られるリスクが小さいと労働者は考えていたのです。

また、高度成長期には、生産の拡大が続いていましたから、やはりリスクは少ないと一般に考えられていたのです。

余談ですが、実際には高度成長期でも、経営が悪化する企業がありました。また、石油危機以降ではそのような事態が頻発していたのです。そして裁判での争いになったときに登場したのが、整理解雇の4条件です。

本論に戻って、企業による「裏切り」がないことを、保障する役割を果たすものがいくつかあります。契約、労働協約就業規則労働組合がそれです。労働組合が、企業の裏切りを阻止した、ちょうどいい例を保守親父さんが「ファイザーの「不意打ちリストラ頓挫」」で紹介されています。サラリーマン(上がりの)経営者+メイン銀行という経営監視機構もそうではないかと思うのですが、よく分かりません。

さて、裁判所による解雇、特に整理解雇の規制も、同じ役割を果たしています。企業が裏切れば、裁判所に訴えでればよく、その時は一定の限度の範囲ですが解雇は無効になり、裏切りができなくなるのですから。また、このような判決がでることが分かっていれば、あるいはでるかもしれないと企業が認識していれば、整理解雇ではなく、希望退職などの道を選ぶでしょう。その程度は別として、裏切りは困難になるのです。

結局、裁判所は、「雇用保護 その4」で書いた裏切り者に制裁を加える「大親分」の役割を果たしているのです。裁判官の皆さんは決して自分を大親分とは思わないでしょうが、第三者として裏切りに抑制をかけているのですから。(なお、裁判所が利益の上納を求めることもありません。)そして、このような裁判所の行動は、日本で長期雇用を実現しやすい環境を作り出しているのです。裁判官の皆さんは、そのような効果を狙って、このような判決を出しているのではないはずです。

では、裁判官の皆さんはどのようなつもりでこういう判決を出しているのでしょうか?

(続く)

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