社会人のための『新しいマクロ経済学』解説 その32
「社会人のための『新しいマクロ経済学』解説 その31」までは無限に生きる個人、あるいは王朝を前提として議論してきました。このモデルは利他的な個人を想定してきました。前回でこのモデルの説明は終わり、今回からは、「2.4 市場調整の失敗:世代重複モデルを通して」に入ります。世代重複モデルでは、有限の期間生き、他人の消費が自分の効用に影響を与えることのない個人を前提としたモデルです。
無限に生きる個人モデルとは、かなり違った結果が導かれます。特に、このモデルでは、一定水準に留まる資本価格のバブルが経済の効率を改善するという不思議な現象が起こります。
さて、バブルにはこれまで見てきた無限に成長するバブルのほかに、いつかははじけてしまうバブルと一定の規模に留まるバブルも想定できます。
2.4.2以降で一定の規模に留まるバブルの分析を行いますが、その前にいつかははじけてしまうバブルが合理的な個人の行動と整合的であるのかを検討しておきます。これが「2.4.1 いつかは弾けるバブル」の主題です。今回はこの部分の解説です。世代重複モデルへ移る前にひとつの可能性をつぶしておくことが必要なので、そうするためのものです。
本質的な仮定として、バブルはt期からt+1期の間に確率1-q(1>1-q>0、1>q>0)で弾けるものとします。qが1であれば、弾けないバブルですし、0であれば必ず弾けます。
また、いったん弾けたバブルは、二度と復活しないし、また、逆にマイナスになることもなくゼロであり続けるとします。これが弾けたバブルの成長率はゼロであるとも表現できます。
弾けない時のバブルの成長率、これを(1+r)÷qとします。これはなかなか面白い仮定です。まず、rは債券の利子率です。これは(2.1)式に示されるように裁定が行われた場合の株式の期待収益率に等しくなっています。1+rをqで割っています。qは0超1未満ですから、バブルが弾けない限りバブルの成長率は利子率よりも高いということを仮定しています。qは弾けない確率ですから、バブルが弾けにくいほど、つまりqが1に近いほどバブルの成長率は低く、債券利子率に近くなります。
完全予見が仮定され、経済主体はバブルの弾ける確率を知っています。しかし、いつ弾けるかは分かりません。
さて、このようなバブルのt+1期の期待値を考えてみると、こうなります。
期待値=弾けないときの値×弾けない確率+弾けたときの値×弾ける確率
弾けたときの値は仮定によりゼロですから、右辺の第二項は常にゼロです。すると、
期待値=弾けないときの値×弾けない確率
となります。式で表すと、
E〔bt+1〕=(1+r)/q×bt×q
です。
qで割って、qを掛けていますので、整理すると
E〔bt+1〕=(1+r)×bt・・・・・・・・・〔1〕
となります。つまりバブルの期待値は債券利子率で成長するのです。
このようにバブルは弾けた場合は成長率ゼロ、弾けない場合は債券利子率より高い成長率、期待値は債券利子率で成長するのです。
ファンダメンタルズとバブルを足した資産価格は、次の式で表されます。
pt=Σi=1,∞dt+i/(1+r)i+bt 〔1〕式からE〔bt+1〕÷(1+r)=bt
=Σi=1,∞dt+i/(1+r)i+E〔bt+1〕/(1+r)・・・・・〔2〕
この式の第1項は将来の配当を債券利子率で割引した現在価値、つまりファンダメンタルズです。式(2.5)を見てください。
このようなバブルを含む資産価格が、合理的な個人の行動を表す裁定条件式と整合的か?
横断条件を満たすか?
ということが問題になります。どちらもイエスならこのようなバブルは合理的な個人の行動と整合的であるということになります。
1 裁定条件式との関係
裁定条件式は(2.1)式で示されます。この式は、「資産市場での均衡では株式の期待収益率が債券の利子率に等しくなる」ことを意味していました。
(2.1)を変形すると、
pt=E〔(pt+1+dt+1)÷(1+r)〕・・・・・〔3〕
となります。
果たして、〔2〕式で表されるいつかは弾けるバブルを含んだ資産価格が、〔3〕式で表される裁定条件と整合的であるのか?これが問題です。
〔2〕式を再度書いておきます。
pt==Σi=1,∞dt+i/(1+r)i+E〔bt+1〕/(1+r)・・・・・〔2〕
この関係はt+1期でも成立しています。〔2〕式のtをt+1に変更します。
pt+1=Σi=1,∞dt+1+i/(1+r)i+E〔bt+2〕/(1+r)・・・〔4〕
さて、〔1〕式から、右辺第二項のE〔bt+2〕/(1+r)=E〔bt+1〕ですから、これを代入すると、こうなります。
pt+1=Σi=1,∞dt+i+1/(1+r)i+E〔bt+1〕・・・・〔5〕
〔5〕式の両辺にdt+1を足します。
pt+1+dt+1==dt+1+Σi=1,∞dt+i+1/(1+r)i+E〔bt+1〕・・〔6〕
〔6〕式の両辺を(1+r)で割ります。
(pt+1+dt+1)÷(1+r)=dt+1÷(1+r)+Σi=1,∞dt+i+1/(1+r)i÷(1+r)+E〔bt+1〕÷(1+r)・・〔7〕
右辺の第二項を整理します。
(pt+1+dt+1)÷(1+r)=dt+1÷(1+r)+Σi=1,∞dt+i+1/(1+r)i+1+E〔bt+1〕÷(1+r)・・〔8〕
右辺の第1項は、i=1のときのdt+i/(1+r)iです。また第2項はi=2以降の時のdt+i/(1+r)iです。二つをまとめると、Σi=1,∞dt+i/(1+r)iとなります。これを用いて整理すると
(pt+1+dt+1)÷(1+r)
=Σi=1,∞dt+i/(1+r)i+E〔bt+1〕÷(1+r)・・・・・〔9〕
となります。
〔9〕式の期待値を取ります。
E〔(pt+1+dt+1)/(1+r)〕
=E〔Σi=1,∞dt+i/(1+r)i〕+E〔bt+1/(1+r)〕・・・・・〔10〕
この〔10〕式の右辺の第1項は将来の配当の流れを債券利子率で割り引いた現在価値です。完全予見の仮定により、配当も債券利子率も期待がそのまま実現します。これを考慮すると、右辺は次のようになります。
Σi=1,∞dt+i/(1+r)i+E〔bt+1/(1+r)〕
これは〔2〕式の右辺です。従って、〔10〕式と〔2〕式を組み合わせると、次の式が得られます。
E〔(pt+1+dt+1)/(1+r)〕
=Σi=1,∞dt+i/(1+r)i+E〔bt+1/(1+r)〕
=pt
つまり、
pt=E〔(pt+1+dt+1)/(1+r)〕・・・・〔11〕
です。
これは〔3〕式、つまり裁定条件そのものです。
このように〔2〕式で表されるいつかは弾けるバブルを含んだ資産価格がら、〔3〕式で表される裁定条件を導くことができました。
つまり、〔2〕式で表されるいつかは弾けるバブルを含んだ資産価格と〔3〕式で表される裁定条件は整合的です。
2 横断条件との整合性
次に、このようなバブルは横断条件と整合的なのかどうかが問題となります。
個人が無限の期間に得る所得(勤労収入)と初期に持つ資産を無限の期間で使い切る(消費と利子の支払いで使い切り、無限の将来においては資産を所有しないことが横断条件の本質です。
今、ここに1単位の資産があるとします。この資産は将来のある時点tでファンダメンタルな価値よりも大きな価値を持つ、つまり正のバブルを持つとします。バブル部分を債券の利子率で割り引いて現在価値を求めます。もし、この現在価値が正であるならば、現在借入を行い、この資産を購入し、t期まで持ち、t期にこの資産を売却して、その代金で借金の元利を支払っても剰余が出ます。それを消費に充てることにより、効用を引き上げることができます。無限の将来においてもこのような条件が満たされると、無限の将来においても資産を所有することになります。従って、このような資産があると横断条件が満たされません。逆に言うと、このようなバブルの割引現在価値がゼロであることが横断条件です。将来のバブルの価値の期待値をとっても同じです。
これが、limt→∞E〔bt/(1+r)〕=0の意味です。
「バブルの成長スピードが(債券)利子率の範囲内に収まる必要がある」と表現できます。
さて、いつかは弾けるバブルの期待値は利子率と同じ早さで成長します。従って、このバブルは横断条件を満たしません。つまり、合理的な個人の行動とは相容れないということです。
(お詫びと警告)横断条件との整合性の部分は、私が斉藤誠先生の説明を誤解している可能性があります。
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