社会人のための『新しいマクロ経済学』解説 その9

社会人のための『新しいマクロ経済学』解説 その8」に続いて、今回は企業の行動の解説です。 企業は誰に所有されるのか。どのような制約を受けるのか。どのような行動をとるか。この3つが、「2.2.2 生産関数と労働市場」、「2.2.3 企業の行動」のテーマです。 この部分を一度読んだ後、第1章に戻り、次の文章を読まれると理解がしやすいと思います。 「企業は生産技術を体現しているだけで何か組織的な実態があるわけではない。また、企業は株式保有を通じて家計によって所有されている。」(p.6) 「2.2 生産関数と労働市場」では、企業に対して掛かっている制約が説明されています。 企業に係る制約のうち技術的な制約を表現したものが生産関数です。これについては入門モデルで説明したのと全く同じです。 もう一つの制約は、家計が賃金水準に関わらず供給する労働を、企業が常に需要しなければならないという制約です。これも入門モデルで説明したものと同じなのですが、少し、説明を加えておきます。 「総人口に等しくなるよう労働需要(労働投入、L1)が決まってくるという労働の市場の均衡条件」(p.40)は、労働供給と労働需要が各々賃金に応じて決まり、賃金が変化することによって、両者の均衡が得られるという教科書的な仕組みとは異なります。教科書的なな仕組みであれば、労働供給、労働需要、賃金はすべて内生変数であり、同時に決定されます。しかし、テキストの仕組みでは、労働供給は賃金から独立であり、あらかじめ決まっています。一方、労働需要は賃金に応じて変化します。両者が均衡するためには、賃金が変化しなくてはなりません。まず、労働供給が決まり、それにあわせて、労働需要と賃金が決まるという仕組みです。 別な観点で言えば、労働供給という家計の行動にあわせて企業が行動しなければならないということです。この意味で企業は制約を受けていると考えられます。ただ、企業は賃金を自由に決められます。賃金が変わっても労働供給は変化しないので。 「2.2.3 企業の行動」では、企業と家計の関係が与えられ、そして企業の目的が各期間の収益が最大にすることであると定められています。この部分は入門モデルにはなかった部分です。 家計は、企業と資本を所有しています。企業に労働を供給します。そして資本を供給します。そして、労働供給に対して賃金という報酬を受け取り、資本の供給に対してレンタル料を受け取ります。 企業の目的と制約を考えます。目的は利潤極大です。制約は、生産関数と家計が供給する労働をすべて雇用しなければならないということです。 やや、堅く書けばこういうことになります。 企業は、各期の収益(π)が最大となるように、現在の実質賃金(w)と資本のレンタル料(x)からどれだけ労働lと資本kt-1を投入するかを決定する。 利潤の定義はこれです。 π=f(kt-1)-w・l-x・kt-1 (2.16) 制約は、社会的技術的な条件である生産関数です。具体的には、一人当たりの生産関数と稲田の条件です。 yt=f(kt-1,1)=f(kt-1)  (2.14) 仮定9(稲田の条件) f(0)=0、f’(0)=∞、f’(∞)=0  (2.15) 以上の制約の下で利潤極大化を行います。 労働市場は常に均衡しているので、l=1です。すると企業が決めるのは資本の投入量だけです。普通の1階の条件から資本の限界生産性f’(kt-1)が資本のレンタル料xに等しいように資本の投入量は決まります。 f’(kt-1)=x       (2.17) これが均衡の条件です。 今期の生産量から資本のレンタルコストを支払った残りが賃金として支払われます。 wt=f(kt-1)-x・kt-1  (2.18) 生産関数を一次同次と仮定しているので、超過利潤は存在しません。 なお、(2.17)を(2.18)に代入すると   wt=f(kt-1)-f’(kt-1)・kt-1 となります。したがって、均衡においては実質賃金は前期の資本の量(と生産関数の形)だけで決まります。 また、この式は実質賃金が労働の限界生産性に等しいことを意味しています。 この点を、「1次同次の生産関数」の(6)式と比較して確認してください。(記号が少し違っているのと、(6)式では生産は今期の資本で決まることに注意してください。) 繰り返しになりますが、このモデルでは、雇用量が与えられていると同時に、賃金がどれだけでも家計は労働を供給するので、企業は利潤を最大化するため労働の限界生産物に等しく実質賃金を決定します。 五つ注意が必要なことがあります。 まず、実質賃金wとレンタル料xですが、これは貨幣ではなく財で支払われるものです。このモデルでは貨幣の存在が前提とされていません。 第二に、「資本は家計に所有されているので、資産価格の変動に伴うキャピタル・ゲインやロスは家計に帰属することになる。」ことです。これが実際には、どのようなことかを考えるのにいちばん簡単なのは、家計が供給する「資本」とは資金ではなく、機械設備や土地、建物であると考えることです。これらを企業に貸し付け、賃貸料を受け取っている、こう考えると、この文の意味は明確になります。ただ、このモデルは一財モデルですから、資本財と消費財は同じものです。この財を企業に貸しているということになります。 家計が企業に資本を供給するというのは貸し付けるという意味です。家計が企業に資本を売るというのではありません。資本の所有者はあくまで家計です。 企業が株式を発行して、その資金で家計からこの財を買っていると考えると、資産価格の変動に伴うキャピタル・ゲインやロスは、まず企業に帰属します。その企業を家計が所有しているので、キャピタル・ゲインやロスが家計に帰属すると考えるためには、かなり面倒な仮定を考える必要が出てきそうです。 なお、家計が資本を所有しているのですから、資本減耗も家計に帰属します。後に家計の予算制約式(2.19)に資本減耗が入っているのは、このためです。 第三点目です。家計が企業に供給する労働は、常に1単位ですから、ここでの実質賃金wtは労働1単位当たりのものであり、同時に家計が受け取る実質賃金の総額でもあります。対になっているレンタル料ですが、これはテキストでは明示されていませんが家計が企業に貸し付けた資本財(と言っても、1財モデルですから消費財でもあります。)1単位当たりのものです。家計が企業に貸し付ける資本財は、労働とは異なり1単位とは限りません。仮にat-1単位だとすれば家計の資本財レンタルによる収入はx×at-1です。 なお、「資本のレンタル料を支払う。」という表現は、レンタル料の総額を指していると誤読されるおそれがあるように思います。再版されるときは、単価であることを言葉で明示されることを、僭越ですが斉藤誠先生にお勧めいたします。後で数式を読めばわかることではあるのですが。 第四に、「生産関数Fの1次同次性を仮定しているので企業に超過収益は発生しない。」ということになり、超過収益が企業の所有者である家計に分配されることはありえません。株式に対する配当があるとしても、それは超過利潤を配分するものではありません。1次同次の生産関数の性質については「1次同次の生産関数」をご覧下さい。 第五点です。現実の企業には、資産を所有しているだけではなく、組織としての能力、価値があります。それが市場で評価されるということになりますが、このモデルでは、そういう面は捨象されています。このモデルでは、「企業は生産技術を体現しているだけで何か組織的な実態があるわけではない。」のです。 このように考えると、「企業は生産技術を体現しているだけで何か組織的な実態があるわけではない。」ことがよく分かると思います。 現実の企業に引きずられて、このモデルでの企業を理解すると分かりにくくなります。 人気blogランキングでは「社会科学」の31位でした。↓ここをクリック、お願いします。 人気blogランキング