ハローワークの市場化テストとインセンティブスキーム その10

ハローワークの市場化テストとインセンティブスキーム その9」で使った例で、少し補足をしておきます。

「ある一定数の就職を目標とし、それに達しなかった場合には、罰金を科す」ときに全員を就職させるようにすればいいのではないか、10人を就職させるのを目標にすればいいのではないかと思われた方がいるかもしれません。しかし、サービスの提供を受けた求職者がすべて就職できるとは限りません。むしろ、ハローワークの窓口に来た求職者全員が就職できるという方が非現実的です。このような条件を提示したときには、応札する民間企業はいなくなるでしょう。したがって、民間会社に受け付けた求職者全員を就職させることを目標として与えることはできません。

この結果、このようなインセンティブスキームを採用した場合には、実際に就職困難な人がサービスを受けられなくなるのは避けられません。別の方法を考えなければなりません。

なお、外見から区別できるカテゴリー別に目標を定め、同じスキームを採用すると言うことも考えられます。この場合には、各カテゴリーの中で実際に就職困難な人がサービスを受けられなくなります。

また、カテゴリー別の目標設定はもう一つの厄介な問題が起こります。例えば、入札を行ったとき、X社が就職が容易なカテゴリーには3で、困難なカテゴリーには5で応札してきたとします。また、Y社が就職が容易なカテゴリーには2で、困難なカテゴリーには7で応札してきたとします。どちらをとるかで、各カテゴリーの求職者がサービスを受けられるかが変わってきます。政府は判断基準を持たなければなりません。

さて、他の問題を考えていきましょう。

前回の例では、求職者の数は一定であり、各々の求職者の就職の実際のコストも変化がありませんでした。実際の労働市場ではこういうことはありません。

ある求職者が採用され、別の人が仕事を探し始めます。また、求職者全体の数も変化していきます。このデータ(http://wwwdbtk.mhlw.go.jp/toukei/kouhyo/data-rou16/jikei/jikeiretu01.xls)をみると、平成14年度に277万人であった月平均の有効求職者は平成18年度には216万人にまで減っています。

一方で、労働に対する需要である有効求人も変化しています。平成14年度に月平均149万人しかなかったのが、平成18年度には229万人にまで減っています。有効求人倍率は、0.54倍から1.06倍にまで回復しています。当然、同じ人でも就職は容易になっています。このデータから月平均の就職者を月平均の有効求職者で割って、就職率を出すと平成14年度には6%であったのが、18年度には8%に上がっています。

このように、労働市場は可成りの早さで状況が変わるのです。

このような早い変化は、委託契約に影響を与えます。委託契約は複数年計画、おそらく3年ぐらいの契約になりそうです。

まず、第一に目標設定が困難です。求職者の数が変化する以上、どれだけの数を最低の目標として与えるか判断が困難です。

次ぎに単価が市場にマッチしないものになりかねません。平成14年度に入札により契約を結んだとすれば、相当高い単価が決まっていたでしょう。これが18年度まで継続していれば、民間会社は可成り楽に目標を達成し、多分相当な利益をあげていたでしょう。逆に、労働市場の状態が悪化していると、目標達成は困難です。

市場メカニズムの長所は市場の変化に柔軟に価格、量の調整が行われることにあります。多数の売り手と買い手がいて、取引先を自由に変え、供給量、需要量も自由に変えていくと、価格は変化し、生産・販売量も変化を続けます。複数年契約でサービス提供者が決まり、価格も決まってしまうとこのような柔軟性が失われ、市場メカニズムの長所がなくなってしまいます。春闘で1年1回しか賃金改定の交渉が行われないから、賃金決定が硬直的になるという批判がありますが、それどころの騒ぎではありません。

複数年契約を結ぶなら、目標、単価について何らかの調整の仕組みが必要です。

なお、目標未達成に対して罰金を取るのなら、市場の状況の激変に備えて保証金を納めさせるか、第三者に保証させるべきでしょう。

また、就職実績をどうカウントするかも考える必要があります。カウンセリング、求人の確保、紹介という項目のすべてを民間会社がやった場合、ハローワークの求人を利用した場合、カウンセリングだけで求人もハローワークのもの、紹介もハローワークがやった場合で、単価に差を付けるべきです。hamachanさんの「札幌の官民共同窓口」で紹介されているような実態があるなら、これには注意が必要です。

民間会社と契約を結べば、民間会社に対しては、限定的な場合に限り指示ができますが、社員には指示ができません。一人一人の社員の行動を直接コントロールすることはできないのです。よほどうまい仕組みを考える必要があります。

まあ、私は、契約理論に詳しいわけではありません。「立て!日本の経済学者!契約理論研究家!ハローワークの市場化テスト決定!」でも書いたのですが、ミクロ経済学者、契約理論研究家に発言していただきたいです。官民競争入札等監理委員会のメンバー(http://www5.cao.go.jp/kanmin/meibo.html)には、そういうタイプの方がおいでにならないようですから。

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