定常状態
定常状態の性質
定常状態の性質を調べてみましょう。
まず、「
社会人のための『新しいマクロ経済学』解説 その3」の復習です。
k
t=k
t-1となるk
t-1の水準、つまり資本がもう変化しなくなる水準を考えてみます。この水準をksで示すことにしましょう。簡単に言えば、投資が資本減耗と同じになれば、資本は変化しません。
0=ktーkt-1=βf(kt-1)-δkt-1 【1-3】とすると、
βf(k)-δk=ゼロとなるkの水準がksです。したがって、
βf(ks)=δks 【1-4】となります。これは、貯蓄=投資が資本減耗に等しいという条件です。
定常状態での生産ysを考えてみます。生産関数からys=f(ks)ですが、ksは一定ですから粗生産もysで一定です。純生産≡粗生産-資本減耗です。資本減耗は資本に比例しδksですから、純生産も一定です。
一方、定常状態での貯蓄もβys=βf(ks)ですから一定です。所得と生産は等しいのでysを所得と考えると、定常状態での消費csはcs=ys-βys=(1-β)ysで、これも一定です。
ここで【1-4】を考慮すると、定常状態での消費cs=ys-βys=ys-δks=純生産です。
纏めると、定常状態では、生産されたもののうち資本減耗に当てられなかったもの、つまり純生産がすべて消費され、資本減耗に等しい貯蓄が行われ、資本が一定となる状態です。そして、粗生産、資本減耗、純生産、消費、貯蓄は一定です。
さて、こういう風に説明していくと定常状態とは、何も変わらず一定の状態が続くことを指すように誤解されるかもしれません。実はそうではありません。
その1で、「このモデルは基本的には人口成長と技術進歩のないソローモデルです。」と書きました。この二つは成長の原動力です。この二つがある場合、経済は均斉成長を遂げます。均斉成長も定常状態です。
車が止まっている状態も、車が一定の方向に一定のスピードでは知っているときも、現状が安定して続くという点では変わりがありません。このような状態が定常状態です。
一定の成長率で成長を続けるときも定常状態です。
詳しくは「
ソローモデルでの定常状態:均斉成長 」をご覧下さい。
評価
評価基準としての消費
定常状態での消費の水準は、大きな関心事です。なぜなら、消費水準は効用の水準に影響を与えるからです。これを経済を評価する基準とすることは、
厚生経済学への接近です。
厚生経済学は、伝統的に
ミクロ経済学の一部ですから、このモデルを
ミクロ経済学的な観点から利用していることになります。
なお、
ケインズ経済学では経済の評価はGDPの水準、
完全雇用が達成されているかどうかが、経済を評価ずる基準でした。このモデルでは、
完全雇用を仮定しているので、これは評価の基準になりません。また、資本減耗分は厚生に寄与しませんから、これも基準になりません。
【1-4】式から分かるように,技術的な条件である生産関数fと資本減耗率δが、所与である場合、定常状態の資本ksは、貯蓄率βによって決まります。βの水準が変わればksも変わります。
どういう風に変わるのでしょうか?貯蓄率が高くなった場合で考えてみます。
最初に、資本が10,000あるとしましょう。資本の減耗率は1%で、資本減耗が100であるとします。一方、この資本を利用して生産、所得は1,000であるとします。この所得のうち10%が貯蓄されるとします。貯蓄=投資は100です。
このとき、資本減耗と投資は、どちらも100で等しいので資本に変化は生じません。資本10,000で定常状態になっています。
次ぎに、貯蓄率が20%に上昇したとします。上の例で貯蓄=投資は200に増加します。すると資本減耗100を上回るので、資本は100増加します。
資本の増加に伴って、資本減耗も増えてきます。資本減耗が200になる資本の量を考えると
20,000です。これで資本減耗と投資が等しくなるかというとそうではありません。資本の増加に応じて生産=所得が増え、貯蓄=投資も増えているからです。資本はなお増加を続けます。
ただ、資本の増加に伴って増加する生産=所得の増加は資本の増加に比例しません。資本の限界生産性は逓減していくからです。資本が、10,000増えて20,000になったとき、これに対応する生産が、1,000から1,500に増えたとします。貯蓄率は20%ですから貯蓄=投資は300です。資本減耗との差は100です。増加幅は同じですが増加率は低下しています。
資本が、30,000に増加し、これに対応する生産=所得が1,800とします。資本減耗は300,貯蓄=投資は360です。資本はなお増加を続けます。資本の限界生産性が低下しているので、増加は60に減ります。
資本が、40,000に増加し、これに対応する生産=所得が2,000とします。資本減耗は400,貯蓄=投資は400です。ここで、新たな定常状態に到達します。
このように、貯蓄率が上昇すると、定常状態の資本は増加します。
βf(ks)=δks 【1-4】に戻って考えてみます。
βとksの関係を見るために、【1-4】をksで
微分します。
βf’(ks)=δ
δが定数ですから、貯蓄率βが高くなるとf’(ks)は小さくなります。稲田の条件から、f’(ks)が小さくなるためには、ksは大きくならなければなりません。つまり貯蓄率βが大きいと定常状態の資本は大きくなります。そして資本が大きいと粗生産、資本減耗、貯蓄も大きくなります。
さて、これで貯蓄率と定常状態の資本の関係は分かったのですが、問題は、定常状態での純生産=消費がどうなるかです。粗生産も大きく、資本減耗も大きいとき、この二つの差である定常状態での純生産=消費はどうなるでしょうか?
定常状態での消費:黄金律(golden rule)
定常状態での消費csはcs≡ys-βysです。ここで、(2.14)と【1-4】を考慮すると、
cs=ys-βys=f(ks)-δks 【1-5】
です。ksの変化に伴うcsの変化を見るためには【1-5】をksで
微分すればいいのです。
dcs/dks=f’(ks)-δ
仮定4から、f''>0です。また、同じく仮定4からf’(ks)は最初は大きく、ksの増加につれて小さくなっていきます。したがって、csは、ksが小さいうちはksの増加とともに大きくなり、やがて最大値に達して、それから減っていくことになります。
csが最大となるksの水準kgを考えてみましょう。【1-5】をksで
微分してゼロとします。このときのksの値が定常状態の消費を最大にする資本の水準kgです。
f’(kg)-δ=0
f’(kg)=δ (2.3.4)記号が違いますが同じ式です。
つまり資本の限界生産性が資本減耗率に等しいような資本の水準kgが消費を定常状態の消費を最大にするksです。この資本水準kgのことを
黄金律と呼びます。
注意が必要なのは、これは、あくまで経済が定常状態に落ち着いたときの評価であることです。経済が最初の状態から定常状態に至るまでも消費は行われています。この期間も含めて評価するとすれば、黄金律が最善ではなくなります。黄金律を修正した基準が必要になります。
動学的経路の評価:効率性
もし、政策的に貯蓄率βを変えることができるなら、kgが定常となるようにβの水準を変えればいいという発想が生まれます。βf(kg)=δkgとなるようにすればいいので、β=δkg/f(kg)=f’kg/f(kg)とすればいいことになります。
もし、これより高い水準の資本で定常になると、消費水準は低くなります。このような状態、つまり一生懸命貯蓄続け、投資し続けて、その結果消費水準が低状態が永続するのであれば、これは効率的ではありません。過剰貯蓄、過剰蓄積になります。
少し、わかりにくいかもしれません。数値例を作ってみました。
ケース | 資本 | 生産量 | 資本減耗 | 消費 |
---|
Ⅰ | 100 | 110 | 20 | 90 |
Ⅱ | 200 | 140 | 40 | 100 |
Ⅲ | 300 | 150 | 60 | 90 |
資本の量は、ケースⅠ、ケースⅡ、ケースⅢの順で大きくなっていきます。これに応じて生産量も大きくなります。しかし、資本の量が同じだけ増えていても、生産量の増え方は減っています。資本減耗率δは0.2としました。資本の量に比例して増えていきます。消費は生産から資本減耗を差し引いたものです。ケースⅠでは90、ケースⅡでは100、ケースⅢではケースⅠと同じ90です。
まず、定常状態だけを考えると、3つのケースの中で一番望ましいのはケースⅡです。消費が多いからです。生産量はケースⅢの方が多いのですが、資本減耗が大きいため、消費はケースⅡの方が多いのです。
次ぎにケースⅠとケースⅢを比べてみましょう。消費は同じですから、どちらも同じと評価すべきでしょうか?定常状態だけを比べるなら、そうかもしれません。しかし、ケースⅢは資本の量がケースⅠより200多いですね。
するとケースⅢでは、資本が効率的に使われていないことになります。また、この資本はどこから来たのか?も考える必要があります。資本は過去に生産されたものです。財は資本財にも
消費財にも使えると仮定していました。資本を形成するためには、過去に消費を断念していたはずです。(資本財と
消費財がある経済を考えると、資本財を生産するためには、消費の生産をあきらめているはずです。)したがって、ケースⅢでは定常状態に至るまでの消費量がケースⅠより少なくなっています。したがって、全期間を視野に入れると、ケースⅠの方が望ましいのです。ケースⅢは
資本が過剰に蓄積されているのです。そしてケースⅢは
動学的に効率的でないと評価されます。
さて、ケースⅠとケースⅡを比べてみましょう。先ほど説明したように、定常状態だけを考えると、ケースⅡの方が望ましいのです。しかし、ケースⅡの方が資本の量が多いです。ということは過去にそれだけ消費が少なくなっているはずです。
ケースⅠは、ケースⅡと比べて、定常状態に至るまでは、消費が多く、定常状態になってからは、消費が少ないのです。一長一短で、ケースⅠは必ずしもケースⅡよりも悪いとは言えません。
このような意味で、ケースⅠは動学的にみて効率的(dynamically efficient)なのです。このとき、
f’(k)≧δ(2.35)です。つまり資本の限界生産性が資本の減耗率を上回るか少なくとも等しくなります。
一般に、黄金律の資本水準を超えて資本を蓄積してしまう場合、過剰蓄積であり、動学的にみて不効率(dynamically inefficient)です。このとき、
f’(k)<δです。つまり資本の限界生産性が資本の減耗率を下回ります。
黄金律を基準に考えるのであれば、貯蓄率βを大きくすればいいというものではなく、黄金律をもたらすような貯蓄率が達成されるようにすればいいと言うことになります。
次回、いよいよテキストを読み始めます。
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