社会人のための『新しいマクロ経済学』解説 その3

資本の蓄積経路 さて、今回は、「社会人のための『新しいマクロ経済学』解説 その2」で示した仮定の下で、どのように資本が蓄積されていくか、その経路を考えます。 資本は如何に蓄積されていくのか 基本は、今期の資本(k)=前期の資本(kt-1)+今期の投資(i)-今期の資本減耗(δkt-1)=という関係です。 前期末の資本はすでに決まっています(先決変数)。また今期の資本減耗は技術的に決まります(外生変数)。したがって今期の投資をモデルの中で決めれば、今期末の資本が決まります。これを繰り返していくと、資本の蓄積経路が分かります。 単純なIS-LM分析(加速度原理を考慮しないものです。)では投資は利子率の関数とされますが、このモデルでは、投資は貯蓄に等しいと仮定されています。そして、貯蓄は所得=生産の一定割合となります。 そこで、今期の投資(i)の大きさは次のように考えられます。 まず、今期の貯蓄を考えます。所得=生産は生産関数から、y=f(kt-1)(2.14)です。このうち貯蓄に回る割合、貯蓄率はβです。したって、今期の貯蓄は、βf(kt-1)です。 次に、今期の投資は今期の貯蓄に等しいですから、今期の投資(i)=βf(kt-1)です。 すると、資本の蓄積経路は、次のようになります。 =kt-1+βf(kt-1)-δkt-1 【1-1】 これが、このモデルでの資本の蓄積経路を示す基本的な式です。 なお、今期の資本kは前期の資本kt-1の関数です。β>0、f’(kt-1)>0、1-δ>0ですから、増加関数です。しかし、これは前期の資本kt-1より今期の資本kが大きくなるという意味ではありません。例えば第1期の資本が100の時、第2期の資本が90であるとし、さらに、第2期の資本が90の時、第3期の資本が80であるとします。前期の資本が大きいとき、今期の資本が大きくなっています。ですから、このような関係は【1-1】を満たしています。そして、資本は減っていっています。 資本の変化 そこで、この式から資本の変化を調べるには、kーkt-1を導く必要があります。△k≡kーkt-1と定義します。【1-1】を変形します。両辺からkt-1を引きます。 △k=βf(kt-1)-δkt-1 【1-2】 左辺が前期から今期に掛けての資本の変化です。これが正なら資本は増加、ゼロなら変化なし、負なら減少です。 まず、資本が一定となる前期末の資本の水準、ks、を考えてみます。【1-2】の左辺をゼロとおきます。 0=βf(ks)-δks βf(ks)=δks 今期の投資と今期の資本減耗が同じである場合です。この場合、前期末の資本=今期末の資本です。 次に、この均衡水準よりも資本が少ないとき、多いとき何が起こるかを考えてみましょう。 いま、極端なケースとして前期の資本、kt-1=0である点を考えると、生産=所得ゼロであり、貯蓄もゼロです。したがって投資もゼロです。同様に資本減耗もゼロです。 ここを起点として、kt-1の増加につれて、βf(kt-1)もδkt-1も増加していきます。その増え方には差があります。二つをkt-1微分してみると分かります。  d(βf(kt-1))/dkt-1=βf’  d(δkt-1)/dkt-1=δ です。 f’>0、f’’<0ですから、最初のうちβf(kt-1)は急速に増加していきますが、その増え方は徐々に緩やかになります。これに対しδkt-1は、やはり増加し、その増え方は一定です。 最初のうちは、βf(kt-1)の増え方が大きく、βf(kt-1)とδkt-1の差は開いていきます。しかし、βf(kt-1)の増え方が小さくなってくると、ある時点でβf(kt-1)の増え方とδkt-1の増え方が同じになり、次いで、δkt-1の増え方の方が大きくなります。そして、こうなると、βf(kt-1)とkt-1の差は縮まっていきます。 さらに進むと、βf(kt-1)にδkt-1が追いつき、そして追い越します。その後はβf(kt-1)がδkt-1に引き離される一方になり、再び逆転することはありません。 そして、βf(kt-1)にδkt-1が追いついたときが、βf(ks)=δksとなっている点です。したがって、前期末の資本水準がksより低いときはβf(kt-1)>δkt-1であり、このとき資本は増加します。ksより高いときはβf(kt-1)<δkt-1であり、資本は減少します。 お手元にエクセルがあれば、次のような操作をして下さい。図が描かれます。 1 まず、A1、B1,C1,に0を記入してください。 2次ぎに、A2に100,A3に200,A3に300と、100づつ増やしていき、2,000まで進めてください。 3 その次ぎに、B2欄に関数(数学)を使って、LN()×10,引数はA2としてください。 4 さらに、C2でA2×0.05を計算してください。 5 同じ計算をB、C列で下に繰り返し、21行目まで続けてください。 6 B、C列を折れ線グラフで作図してください。 これが、上で書いたことのイメージです。B列がβf(kt-1)にC列がδkt-1に対応しています。 したがって、このモデルでは、初期に資本が小さければ増加していき、大きな場合は減少していき、いずれにせよ時間がたつと資本が一定(ks)の状態に落ち着きます。この状態のことを定常状態(steady state)といいます。 定常状態というのはミクロ経済学で言う均衡点と似た意味を持っています。 均衡点が存在するか、均衡点はただ一つか、均衡点は安定か(つまり経済が均衡点から離れたとき、均衡点に戻っていくかどうか)、均衡点がどのような性質を持っているのかが、ミクロ経済学の中心的な論点です。 これと同様に、マクロ動学では定常状態が存在するか、定常状態はただ一つか、定常状態は安定か(つまり経済が定常状態から離れたとき、定常状態に戻っていくかどうか)、定常状態がどのような性質を持っているのかが、中心的な論点です。このモデルでは、家計の行動を示す貯蓄率β、技術的な条件である粗生産関数f、資本減耗率δが与えられれば、それに対して、定常状態があること、一意であること、安定していることは、先ほどの説明で分かります。次回は定常状態の性質をもう少し詳しく検討します。特に、比較静学的な手法で、貯蓄率βが変化すると定常状態がどのように変わるかを考えてみます。 現在、将来を決めるものは何か さて、今回の最後にこのモデルで現在、将来を決めるものは何かを、もう一度考えてみましょう。 前期末の資本kt-1はすでに決まっています。一方で、生産関数から前期の資本によって今期の生産=所得が決まります。そして、今期の所得から今期の貯蓄=今期の投資が決まります。 他方、前期の資本が決まると今期の資本減耗は技術的に決まります。 今期の投資と資本減耗が決まれば、今期末の資本が決まります。これを繰り返していって、資本が蓄積されます。 つまり、ひとたび資本が決まれば、その後の資本の蓄積経路は決まります。過去が現在と将来、そして定常状態を決めるのです。これがこのモデルの大きな特徴です。 第1章の「IS-LMモデルの構造」で、「そこ(IS-LMモデルのことです。)では経済の時間的な進行が、過去の経済が現在の経済を規定し、現在の経済が将来の経済を決定するように描かれている。いいかえると、現在の経済は過去からの積み重ねの上に位置しているわけである。」(p.3)と書かれていますが、この性質は、この入門モデルにもそのまま当てはまります。 このような性質をこの入門モデルに与えているのは、一つは、現在の消費が現在の消費だけで決まるという消費関数です(仮定11)。家計が将来の所得を予想し、それを考慮に入れて今期の消費を決めるのではなく、単純に現在の所得だけに基づいて消費を決定するからです(注)。この消費関数の性質、家計の消費・貯蓄行動は、IS-LMモデルと共通しています。その意味でこの消費関数はケインズ的なものです。もう一つは、貯蓄が投資に等しいという条件です(仮定12)。これは新古典派的な仮定です。 (注) 例外的に、家計が将来も現在と同じ所得がずっと続くと予想している場合も、同じような消費関数になる可能性があります。  仮定11により、「原理的には将来の可処分所得や期待収益率が消費や投資に影響を与える可能性があるにもかかわらず、こうした将来から現在への経路はあらかじめ排除されている」(p.3)のです。これを変更して「将来から現在への経路」を導入するのが新古典派成長理論です。 具体的には、家計が効用を最大化するために、現在から将来にかけて消費と貯蓄を決めていくという、ミクロ経済学的な発想に基づく仮定で仮定11を置き換えることになります。 人気blogランキングでは「社会科学」の21位でした。今日も↓クリックをお願いします。 人気blogランキング