子ども手当 その3

今回は、提案されている手段で目的は達成されるか、弊害は生じないかなどについて議論してみたいと思います。

まず、少子化対策です。私は、ほとんど効果はないと考えています。

今の制度では、所得制限に引っかからなかった場合、第一子では、通算54万円、第二子までだと二人分で通算108万円、第三子までだと三人分で通算216万円が支払われます。今の制度はこちらをご覧ください。

http://www.mhlw.go.jp/topics/2004/06/tp0622-1.html

これに対して、民主党の案では、、第一子では、通算288万円、第二子までだと二人分で通算576万円、第三子までだと三人分で通算867万円が支払われます。扶養控除などの人的控除をなくしていますので、一部は打ち消されてしまうとしても、これだけを見れば経済的負担を相当減らすことができます。

でも、この程度で女性が生む、生まないを決めるのに変化がでるでしょうか。たとえば、経済的理由で中絶をしようとしている女性に、「月1万6千円差し上げますから中絶はやめましょう。」といって、中絶をやめるでしょうか。あるいは、「月1万6千円もらえるなら子供を産むことにしよう。」と考える女性がいるでしょうか。私はそのような女性はそんなに多くはないと考えます。中絶を思いとどまらせるためには、少なくとも年間100万円ぐらいは必要なのではないでしょうか。

やってみないと分からないという面はありますし、少なくともマイナスにはならないということは言えるでしょうが、この額は出生率に大きな影響を及ぼすとは思えません。

民主党は諸外国の例を引いています。これをみても最大でもフランスの0.23の間の上昇にとどまっていますし、これが長続きするという保証もありません。

おそらく民主党も、薄々はそれに気がついているのだろうと思います。「(少子化対策の)一環として導入する。」という表現を使っているのはそのせいでしょう。

公平を期すために、付け加えますと少子化対策として出産手当金など様々なメニューを民主党は用意しています。子育て支援の決意は固いようです。

第二の、目的である所得の再配分。これは文句なしに達成できるでしょう。副次的な効果として、民主党は計算していないようですが、これは国民全体でみれば消費を拡大し、雇用も拡大する可能性が高いと考えられます。当然、税収も期待できます。

なお、生活保護世帯にも支給することになるので、その分生活保護費は節約されます(再配分効果も小さくなりますけれど。)。また、この手当に課税するなら、ここからも税収を期待できます。

最後の目的。女性の働き方、生き方を自由に選べるようにすること。

子ども手当の支給そのものは、女性が働かなくても収入を得られるようにすることになり、普通は、女性が仕事を持とうとする動機を弱めます。どちらかといえば、仕事を辞めるか、仕事を減らす自由を与えることになります。

しかし、1万6千円程度なら、子どもが一人いるパートタイム労働者にも大した効果はないでしょう。ましてフルタイム労働者が1万6千円もらったからと言って仕事を辞めるわけもないでしょうし、フルタイムからパートタイムに転職することもないでしょう。3人ぐらいいるとパートをやめる人はでてくるかもしれません。いずれにせよ、大きな効果はないでしょう。

この目的は、手当よりもその財源として考えられている人的控除、特に配偶者控除配偶者特別控除の廃止の効果で達成されると考えられているのだと思います。つまり、103万円の壁の解消が念頭に置かれているのでしょう。

注意が必要な点が三つあります。

まず第一点。103万円の壁は、フルタイム労働者には関係がありません。つまり、パートタイム労働者が働く時間を延ばすことができるようになるだけです。

第二点。配偶者控除などの廃止は、未婚の女性には影響しません。

第三点。配偶者控除の廃止は、子どものいない既婚の女性で、働いていないか、扶養控除の枠内で働いている方にも影響します。

確かに、既婚のパートタイムの女性(子どもがいてもいなくても)はもっと長く働こうとするだろうと予想されます。この点では労働供給を増やすことになります。このような女性は相当な人数いらっしゃるので、労働市場への影響も大きいでしょう。

ただし、配偶者特別控除の効果により、実際には103万円の壁はありません。働いて所得を増やすと税金が増えて、手取りが減るなどと言うことはないのです。103万円の壁は幻想の壁なのです。

次に、働いていない既婚の女性への影響です。配偶者控除がなくなりますから、夫の負担する税金は増えてしまいます。一つの対処方法は手取り収入が減るのを黙って我慢することです。夫の収入が多くて、家計に余裕がある家庭はこちらを選ぶでしょう。もう一つの対処の仕方は、妻が働きにでることです。夫の所得が低く、手取りが減るのが痛いという家庭ではこちらが選ばれるでしょう。今まで働いていなかったのですから、多少控除廃止の影響がでても、フルタイムで働こうとまでは思わないでしょう。つまり、新たにパートに出ることになります。

結局、「女性の働き方、生き方を自由に選べるようにする」というのは、パートタイム労働を始めざるを得なくする、幻想にとらわれているパートタイム労働者で労働時間を増やしたいと思っている方が増やせるようにするということにすぎません。また、社会保険の130万円の壁は残ります。こちらは幻想の壁ではありません。いささか大げさではないでしょうか。

影響はこれだけにとどまりません。よく考えておかなければなりません。

まず、既婚女性のパートタイム労働の供給増加によって、パートタイム労働は増加し、パートタイム労働者の賃金は下がることになります。雇う側にとってはいいことですが、雇われる側のパートタイム労働者やパートタイム労働者によって置き換えられるフルタイム労働者にとってはどうでしょうか。特に既婚女性パートタイム労働者と競合関係にあるフリーターにとってはかなりの痛みをもたらすでしょう。

次に、既婚女性で何らかの理由、たとえば、病弱であるとか、介護しなければならない家族がいるとか、仕事が見つからないという理由で、働きたくても働けない女性のいる家庭は、配偶者控除の廃止により打撃を受けます。配偶者控除には、働けない弱者を守るという効果があったのですが、これがなくなります。弱者を直撃する事になってしまうのです。

民主党も、これには気づいているようです。「激変緩和措置として『基礎控除』の引き上げを検討する。」と書いてあります。是非「検討」していただきたいと思います。参考になりそうなことをいくつか提供しておきます。

基礎控除の引き上げによってもっとも利益を得るのは、税率の高い高所得者です。

共稼ぎの家庭では、夫婦ともに基礎控除の引き上げで税金が減り、手取りが増えます。でも、夫しか働いてない家庭では妻には元々税金がかかっていないので、夫の税金しか減りません。手取りの増え方は少ないのです。

つまり、一番得をするのは、夫婦とも高所得の共稼ぎ世帯であり、一番利益を受けにくいのは、何らかの理由で妻が働けず、夫の所得も低い家庭です。民主党の掲げた第二番目の目的、所得再配分に逆行してしまいませんか。

また、基礎控除は全員に認められています。税収減の効果は相当なものになります。財政バランスは大丈夫でしょうか。

また、配偶者控除などの廃止の影響はずっと続くのに、なぜ、基礎控除の引き上げは一時的な措置なのでしょうか。はっきり一時的な措置とは書いてありませんが、激変緩和措置である以上一時的な措置でなければ、論理の筋が通りません。

さて、一つ提案があります。基礎控除を夫婦で共有できるようにするのです。ずっと続ける措置として考えています。

具体的に言うと妻の所得が低く、基礎控除を使い切れないときは、使わなかった分を夫の所得から控除できるようにするのです。なお、妻の所得が低いことを前提にしましたが、別に必ずそうだと言っている訳ではありません。夫の所得が低いときでも同じです。

具体的に言うと、今の基礎控除は38万円です。妻の所得がゼロの時、基礎控除を使うまでもなく税金はゼロです。そこで、この場合には妻の基礎控除を夫が使えるようにします。すると夫の控除は自分の38万円+妻から譲られた38万円=76万円になります。夫の税金は減り、手取りが増えます。

このやり方で利益を得るのはどちらかが低所得の場合だけで、高所得者には何のメリットもありません。再配分には悪い影響が出ません。効果は低所得層に限定されますから、税の減収幅も少なくてすみます。

民主党案には、もう一つ問題があります。それは高校生の年代をを対象にしていないことです。

高校は義務教育ではありませんから、必ずしも公立とは限りません。私立の学費は高いのです。また食費、衣服費などは相当かかります。無理なダイエットに走る子もいますが、普通の高校生は、実によく食べるのです。子育て費用は大きいのです。それなのに、子ども手当はもらえない、扶養控除はなくなるでは、厳しすぎます。

高校生の年代まで対象にした時に必要になる額を計算してみたのですが、たぶん8,000億円弱でしょう。民主党案では国債発行額は政府案より、2.5兆円減額、プライマリーバランスは3.9兆円改善になっています。子育て重視を中心にするなら、思い切ってこの年代も対象にしてはどうでしょうか。

いろいろ批判めいたことを書きましたが、子育てをもっと支援するという発想には共感できます。正面から取り組んで、実行可能な案を出しているという点は立派だと思っています。

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