不一亦不二

D国の怒り、G国の不満」に関連して。

この言葉は、竜樹菩薩が書かれた中論にあります。と言っても竜樹菩薩は現在のインドの方であり、漢文で物を書かれたはずがありません。そもそも本を書かれたのではなさそうで頌を作られた、つまり口誦するための詩を作られ、それを漢文に翻訳された際に使われた言葉であるようです。

一つのものではないが、二つのものでもないという意味と受け止めています。これが当てはまる典型的な例を挙げろと言われれば、私のような俗物としては売買を挙げることになってしまいます。売ることと買うことは同じものではない(不一)し、売ることなしに買うことはなく、買うことなしに売ることはありません(不二)。誰かが売っていれば、同じものを同じ価格で誰かが買っているのです。

起こっている事実の全体を説明しようとすれば、「ある人が何かをある値段で売る。」というのは十分ではありません。「ある人があるものをある値段で売り、売り、別の人がそれをその値段で買う。」としなければならないのです。しかし普段我々はそこまで丁寧に説明しません。「企業が商品を○○円で売った。」、「今日の売り上げは○○円だった。」、「今日は○○を□□円で買った。」といったり書いたりするのが、むしろ自然でしょう。普通はこれで十分なのです。しかし、注意しないと、売っているからには同じものを同じ値段で買っているということ、買っているからには誰かが売っていることが意識から抜け落ちてしまいます。

さて、世の中全体を見れば、売った額の合計と買った額が一致しますが、個々の家計や企業であれば、自分の買った額と売った額に差が出るのは当たり前です。それでも世の中全体では売った額と買った額は常に一致することになります。

世の中とは、個々の経済主体がお互いに関係しあっている(縁起)ものなので、こういうことになっているのですが、この本質を理解せずに単に個別の主体を拡張したものと誤って理解してしまいがちです。こういう理解をすると、世の中全体で売った額より買った額を小さくできるとか、大きくできるとか妙な結論(戯論)を出すことになってしまいます。世の中の本質を見誤まり、全体を捉えられなくなっているのです。

社会的な影響力のある方でも、こういう誤解をしていることがままあります。なぜか、考えてみました。企業経営者であれば、自社の売った額を買った額より大きくする、つまり利益を出すことに責任を負われていますし、家計を預かる主婦、主夫あれば貯金を殖やしたいと思うでしょうから、やはり、売った額より買った額を小さくしようとするでしょう。中には全然気にしない人もいることはいるでしょうが。そのような努力をしていると、買った額が売った額より大きいもの、例えば政府、を自助努力がたりないと批判したくなるのでしょう。違うでしょうか。

さて、もう少し具体的に売買などについて考えてみましょう。様々な取引を考えてみます。

日本の企業が日本の企業に商品を売る。受け取るのは日本の企業、支払うのも日本の企業。受取額と支払額は同じ。

日本の企業が、日本人の家計に商品を売る。受け取るのは日本の企業、支払うのは日本の家計。受取額と支払額は同じ。

日本の企業が、日本の家計に賃金を払う。受け取るのは日本の家計、支払うのは日本の企業。受取額と支払額は同じ。

日本の企業が、政府に税金、社会保険料を支払う。受け取るのは日本の政府、支払うのは日本の企業。受取額と支払額は同じ。なお、企業が政府に税金や社会保険料を払うのは、多くの場合、何かを売ったときですし、社会保険料を払うのは家計に賃金を支払ったときです。

日本の家計が、政府に税金、社会保険料を支払う。受け取るのは日本の政府、支払うのは日本の家計。受取額と支払額は同じ。家計が政府の税金や社会保険料を支払うのは、企業から賃金を受け取ったときです。

日本の政府が、日本家計に年金など社会保障給付をする。受け取るのは日本の家計、支払うのは日本の政府。受取額と支払額は同じ。

日本の企業が、外国の企業に商品を売る。受け取るのは日本の企業、支払うのは日本と取引のある外国の企業。受取額と支払額は同じ。

外国の企業が、日本の企業に商品を売る。受け取るのは日本と取引のある外国企業、支払うのは日本の企業。受取額と支払額は同じ。

少しくどいですが、一つ一つの取引きで支払額と受取額は同じになっています(不一亦不二)。る。したがってすべての取引を足し上げても同じになっています。そこで、次の式が常に成立します。これを変えることはできません。恒等式なのです。別に手品を使っているわけではありません。誰かが支払っているとき別の誰かが同じ額を受け取っているという単純な事実から導いただけです。

企業全体の受取額+家計全体の受取額+政府の受取額+日本と取引のある外国企業全体の受取額≡企業全体の支払額+家計全体の支払額+政府の支払額+日本と取引のある外国企業全体の支払額

移項して整理すると次の式になります。

(企業全体の受取額-支払額)+(家計全体の受取額-支払額)+(政府の受取額-支払額)+日本と取引のある外国企業の受取額-支払額)≡ゼロ

受取額と支払額の差をやや専門的な言葉では「貯蓄投資差額」といいます。上の式が示しているのは、4つの部門、日本の企業、日本の家計、日本の政府、外国(の企業)の貯蓄投資差額の合計は常にゼロになるということです。

また受取額が支払額を上回ったときは貸し付けをしていること、銀行への預金は銀行への貸付です、になるし、逆であれば借り入れをしていることになるので、純貸し出し、純借り入れともいいます。

日本でこれがどうなっているかを具体的に示したのが次の資料の資料のp.21-22です。p.23にはグラフもあります。なお、日本の企業が非金融法人企業と金融機関に、家計が家計と対家計民間非営利機関に分割されています。日本と取引のある外国企業は海外部門になっています。

平成27年度国民経済計算年次推計(平成23年度基準改定値)

さて、一般的には家計は受け取った額よりも支払う額を小さくしてその差額を貯蓄するので、純貸し出し主体になるのが普通です。海外部門の貯蓄投資差額は、逆に見れば日本の経常収支であり、純貸し出しになったり、純借り入れになったりします。日本の経常収支が黒字を続けると円高安になってしまうので、経常収支の黒字をどんどん増やすことはできません。政府もまた、赤字になったり黒字になったりします。企業は、将来の発展のために資金を借り入れて設備投資をするので純借り入れ主体であるのが普通と考えられていました。。なお、企業の会計で言う黒字、赤字は収益からその費用を差し引いたものですが、投資のための支払いは費用とは考えられていません。企業が会計上黒字を出していても、その黒字以上の設備投資をすれば、純借り入れをすることになります。それは企業の経営が不健全なことを意味するわけではありません。

もし、経常収支が均衡しており、家計は貯蓄した額と同じ額を企業が借り入れて投資していれば、政府の受取額と支払額は同じになる。つまりこのような条件が満たされていれば自然に財政が均衡します。

ところが、金融危機のあった平成9年までは純借り入れをしていた企業部門がそれ以後18年間、おそらく28年度もそうだったので連続19年間、純貸し出しになっています。家計は25年度を除けば常に純貸し出しです。金融危機を経験した企業がディフェンスを固めるたのは無理もないことだろうと思います。海外部門はと言えばずっと借り入れになっています。日本が外国に貸し付けをしているわけです。しかし、外国に貸しても、なお、企業と家計の貯蓄額を貸し付けきれていません。その差を埋めているのが政府です。政府が一貫して借り入れを続けることによって、バランスが保たれてきたのです。

経常収支の大幅黒字を続けるのは多分無理でしょう。対米黒字がどんどん増えればトランプさんが何をやりだすか、分かったものではありません。それを前提に財政の均衡を図ろうとすれば、企業にもう少し前向きに設備投資をしてもらわなければいけません。出来れば家計ももっと消費をしてほしいのです。

幸い、このような方向に最近の日本の経済は動き出しているようです。いわゆる人手不足によって、省力化、作業環境の改善のための投資が出てきたようです。雇用環境の改善により賃金も増え、消費者の雇用不安も改善してきたので、消費がようやく増えてきています。企業の受け取り超過は小さくなりそうです。家計の貯蓄もあまり増えないかもしれません。このような動きは政府の財政改善につながります。

もし、財政の再建をしたいなら、政府も与党も労働市場のタイト化に注力すべき時なのだ。ある程度でも財政が改善して、財政の先行きへの不安が薄れれば、国内投資も消費もさらに伸びるだろう。今こそ好循環を生み出すため、労働市場の需給がさらに引き締まるようにする時だ。

なお、企業経営者の中には、海外で投資をしているから、貯蓄超過でもいいと思っている方がいるらしいのですが、これはちょっとした誤解です。企業の発展という観点からはそれでいいのだと思います。しかしこの取引では支払うのは日本の企業、受け取るのは外国の企業です。この取引を加えると、日本企業の受取超過額が減った分だけ外国企業の受取超過額が増えるだけです。つまり、日本政府の支払い超過には影響を与えません。残念ながら、財政の改善にはつながらないのです。これが国内の投資であれば、受け取り手は日本の企業です。

日本の企業が受け取れば、その一部が政府に税金として支払われます。受け取った企業が賃金を支払えば、企業自身や賃金を受け取った家計が政府に社会保険料を支払います。政府の収支は改善するのです。外国での通しではこのような税金や社会保険料の日本政府への流れが発生しません。日本政府の赤字を減らそうと思えば、企業に国内で投資をしてもらう必要があるのです。

人気blogランキングでは「社会科学」の6位でした。今日も↓クリックをお願いします。

人気blogランキング