育児年金の提案

団塊の世代が好きな『一点突破、全面展開』というやつ」のコメント欄で、ある方のブログのエントリーを巡ってmachinaryさんとやり取りしていたのですが、私の考えを述べておきたいと思います。

私は、社会的な世代間扶養の立場から、老齢年金とパラレルな仕組みで育児年金を作るのが適当だろうと考えています。基本的なアイディアは、「15歳未満の子供を育てている、厚生年金も含めた広い意味での国民年金加入者に対して定額の年金を支給する。」というものです。

現在、高齢者の生活支援のための制度として老齢年金制度があります。この制度は、税の負担もありますが基本的には社会保険制度であり、積立制度ではなく世代間扶養の仕組みになっています。歴史的に見れば、自然な世代間扶養は、若い親は子を養い、育て、その後、育ててくれた親が老いれば、今度は子が養うというものです。家族による二方向の世代間扶養です。家族の機能が低下するなかで、あるいは、家族というものが成立しなくなる中で、この育児と養老という世代間扶養の仕組みを社会化する、社会全体で代替するという流れがあります。現在の日本の老齢年金制度はこの流れの中にあり、公的扶助や一般福祉という形を取らず、社会保険方式をとっており、財政方式は賦課式です。

ところが、対になっている世代間扶養のうち、現在の公的年金制度は養老だけしか代替していません。育児・子育ての給付については、基本は所得制限のある児童手当になっています。一見すると公的扶助のように見えますが、所得制限が960万円と緩いこともあり、資産による制約もないことを考えると資力の乏しい者に給付する公的扶助とも言い切れず、かといって、資力に無関係に広く給付する一般福祉ともいえない中間的な仕組みになっています。ただ、社会保険制度ではないことは確かです。なお、額は子育ての費用を賄えるほどのものではありませんし、税で賄う制度である限り、持続的な引き上げは困難でしょう。

つまり、世代間扶養が社会化する中で、一方は社会保険、他方は公的扶助と一般福祉の混合という整合性のない仕組みになってしまっています。この結果、ちぐはぐが生じています。子供の有無の差が、老後生活に与える効果が自然なものと逆になっているのです。

対照的な二組の夫婦を考えてみます。A夫婦は、所得はそれなりにあるが子供はいません。育児費用も教育費もかからないので、生活にゆとりがあり、年金保険料はきちんと払い、貯金もしています。B夫婦は、所得があまりなく、子供は二人います。万一のための貯金だけはしていますが、育児費用、教育費用に追われて、年金保険料までは払えないでいます。

このままでいくと、この二組の夫婦の老後はこうなってしまいます。A夫婦は、貯金と年金で生活します。この年金の出所はB夫婦の子供が払う年金保険料です。B夫婦は、僅かな貯金と子供からの仕送りで暮らすことになります。B夫婦の子供たちは、受けた教育を生かして職に就き、年金保険料を払い、両親に仕送りをします。この子供たちが支払った年金保険料は、自分たちの親にはいかずにA夫婦の年金になるのです。おかしな世界です。B夫婦(と子供たち)が気の毒です。誰が悪いのでしょうか。現在の年金制度の建前からいえば、A夫婦は何も悪いことをしていません。悪いのはB夫婦ということになります。義務である年金保険料を払わなかったのですから。

現在の制度は納得が得られにくい仕組みだと思います。老齢年金とパラレルな形の育児年金を作れば、このような妙なことは起こらなくなります。A夫婦からも育児年金用の保険料を出してもらい、B夫妻に育児年金を支払って、B一家の生活を支えることができます。B夫妻も老齢年金の保険料を払えるようになるでしょう。次世代が幼い間は、二組の夫婦が共同で扶養し、自分たちが老い、子供たちが大きくなった時は扶養してもらうということになります。一貫した世代間扶養のシステムです。これであればB夫婦の子供たちも、A夫婦の老後生活を支えるために保険料を支払うことに対して納得できるでしょう。A夫婦も自分たちを育てる費用を出してくれたのですから。

より具体的には、次のような案を考えています。

1 支給額 子ども一人につき、国民年金の老齢年金の満額の40%を給付します。すると、年額にしておよそ32万円、月にすると2万7千円です。なお、老齢年金額が変更されれば変更しますが、マクロ経済スライドによる抑制は反映しないこととします。

2 総務省の人口推計によると平成27年8月の15歳未満の子の数は、1,613万人ですので、必要な額は、5兆2千億円弱という計算になります。老齢基礎年金にそろえて国庫負担、つまり納税者の負担、を2分の1にすると2兆6千億円弱、加入者の負担も同じ額になります。(追記)なお、当面15歳未満の子の数は年15万人ぐらい減っていきますので、所要額は毎年1%程度減っていきます。

3 平成27年度の児童手当の国、地方、事業主の負担額は2兆2千億円なので、これに4千億円ほど上積みが必要です。平成27年度の税収が増えていることを考えると無理な額ではありませんが、この年金の導入と同時に公的年金の過大な所得控除を縮減し、遺族年金の非課税措置をやめることにします。これによってある程度賄えると思われます。

4 広い意味での国民年金の加入者(3号被保険者も含みます)は、大体6,300万人なので一人当たり年3万5,000円、月3,000円になります。これを保険料に上乗せします。国民年金保険料は2万円になります。3号被保険者には新たな負担が発生します。保険料の免減の所得基準を緩和する必要があるでしょう。

(追記)5 なお、万が一、この制度導入後、出生数が急増した場合に備えて、被保険者の数と子どもの数の比率に応じて給付額や保険料を自動調整する仕組みを作っておくことも考えられます。

この制度は、基本的には均一負担、均一給付の制度です。厚生年金のような賃金の多寡による負担、給付の差は生じません。

この年金の基本的な目的は、世代間扶養の強化であり、子育て世帯の経済的厚生の向上です。この目的はこの制度を導入する限り達成できます。定額でもあり、課税もしますので、高額所得者にはあまり有難味はないかもしれませんが、子育て中の低所得の世帯には実感できる給付になるでしょう。例えば、両親とも非正規で働いていて国民年金1号被保険者あるとすると、子供が二人いると、世帯の保険料は月6,000円増えて4万円ほどに上がりますが、育児年金が5万4千円支給されることになります。現在子ども手当の最高額1万5千円を二人分万円もらっているとすると、負担の増加は6,000円、給付の増加は2万4千円ですから、差し引き1万8千円の収入増加になります。子供が二人とも3歳以上で児童手当が1万円なら、2万8千円の改善です。十分とは言えませんが、子育て中の生活はかなり楽になるでしょう。働いている間の育児年金給付のほとんどは、保険料と子育て費用に消えてしまうでしょうが(これは制度の趣旨に合うことです)、老後に年金を受け取れます。

なお、この制度が少子化を食い止めるのにどの程度役に立つかはわかりません。ただ、マイナスになることはないでしょう。

さて、年金には世代間扶養の社会化という面のほかに、防貧機能を持つという側面もあります。現在の年金保険制度では、一つの制度に入ると、老齢年金、障害年金、遺族年金の給付があり、それぞれ、老化に伴う所得の減少、障害を負うことによる低所得、扶養者の死亡による所得の喪失というリスクに対する防貧機能を持っています。このほか、社会保険の枠内では雇用保険が失業に伴う所得の喪失、医療保険傷病手当金が病気による労働不能に伴う所得の喪失のリスクに対応しています。

さて、昔から子育て期、したがって子供の時期も貧困に陥りやすい時期であることは良く知られています(。追記)これは、育児のために就労が制約されることによる所得の減少、子育ての費用の増加によるものです。(追記終り)日本でも子供の相対的貧困率はかなり高い状況にあります。この部分については、防貧機能も持つ社会保険制度が欠けているのです。育児年金制度により、この隙間を埋めることができます。なお、就労の制約の部分は別として、支出の増加による貧困への対処は、これまでの年金保険制度では対応してきていませんでしたので新しい部分といえるかもしれません。しかし、医療保険では、医療支出の増加というリスクを保険してきたわけですから、支出の増加のリスクを保険するというのは必ずしも無理ではないと思っています。

(追記)子供を作る、作らないは若い人たちが自分でコントロールすることができますので、これを保険で対応していいのかという問題は、理論的にはあり得ます。しかし、現在の日本では、給付を受けたいがために子供を作ろうという若者が現れたら、それは歓迎すべきことでしょう。もともと、公的老齢年金制度を作ると老後の生活を子供に頼る必要が少なくなるので、子供を作らないという選択を行う人が出てくる可能性があります。こちらこそ、今問題にすべきことで、そのような効果を中和する役割を育児年金が果たすと考えればいいのだろうと思います。

(追記)この面での社会保険が整備されてこなかったのは、子どもの養育は親の責任という意識が強かったこと、高齢者の扶養が賦課方式の年金で行われていることの理解が浸透しなかったことにあるのではないかと思います。また一般福祉でという思想があったことも原因の一つかもしれません。

(追記)育児を公的扶助でまあなう場合の問題の一つは、「子供を作れば金がかかることは分かっているのだから、貧乏人は子どもなんか作るなよ。」という声が上がりかねないことです。社会保険方式のいいところは、こういう声が起こらないことです。貧乏人の子沢山という言葉がありましたが、現在は非正規の労働者は結婚する割合も低くなっており、したがって、子供を作る割合も低くなっているでしょう。

社会保険制度として育児年金を設けることには制度の安定性という長所があります。保険であれば、保険料を徴収することになります。一旦保険料を徴収してしまえば、恣意的に制度を廃止・変更したり、給付を削減したりすることは難しくなります。家族の在り方、子育ての責任が家族にあるのか社会にあるのか、そのような哲学的な問題について基本的に見解が異なる政党がかわるがわる政権を取るたびに、制度がコロコロ変わって、子育て世帯が振り回されたりすることはなくなります。なお、児童手当から子ども手当に、子ども手当から児童手当にという変更に伴い、1800の自治体が支払った費用、手間暇はあまりにばかばかしいものではなかったでしょうか。制度が変わるたびに、給付のための電子システムを変えるという無駄な費用もなくなります。担当している職員もシステムの変更や制度改正のお知らせをするのはもばかばかしいと思われているのではないでしょうか?制度が安定しないと若い親はどのような手続きをしたらいいのか見当がつかなくなってしまいます。

社会保険制度とすることによるもう一つの長所は所得制限をしなくて済むことです。現在の児童手当は国民の納得を得るために、緩やかな所得制限を課していますが、あまりに無駄な作業と費用が掛かっているように見えます。社会保険であれば、保険料を払ったものは保険事故があれば給付を受けられる、という原則がありますから所得制限がなくても国民の納得は得られるでしょう。

さて、「被保険者となれるものに制約がある社会保険ではなく、一般福祉で」という声は根強いものがあります。一般福祉に、スティグマがないこと、保険関係を維持するための様々な手間がかからないことなどいろいろな長所があることは、私も認めますし、魅力も感じています。以前は、私も一般福祉がいいと思っていました。しかし、財源の面、から制度の安定性に劣ることは否定できません。さらに、所得制限のなかった子ども手当に対する風当たりの強さを考えると、現在の日本で一般福祉で大規模な所得再分配を実施できる状況にはないと考えています。幸い日本の社会保険は加入資格に制限がほとんどない皆年金の仕組みですので、これを利用すれば普遍的な給付を実施することができます。

なお、現在、年金保険料を支払わない若者が多いことが問題となっています。正直に言って、非正規で働いている20代、30代の若者に、「65歳になったときのことを考えて毎月1万6千円を払いましょう、そのほうが老後が安心ですよ。」といってみて、どれだけ説得力があるでしょうか?育児年金を導入すれば、若者もすぐに給付が得らます。年金制度に対する信頼感、使える制度であるという感覚はかなり強くなると思います。世代間格差の問題もかなり解消すると思います。ただ、子供のいない非正規労働者や失業者には厳しいことになります。しかし、彼らこそ老後の生活の安定のために公的年金を必要としているのです。我慢してもらいたいと思います。

均一負担、均一給付というシステムの帰結として、所得再分配機能を持つことになります。正規労働者・非正規労働者、大企業・中小企業労働者の間の所得格差は緩和されるはずです。

最後に、育児年金の運用は年金機構が担当します。地方公共団体が経済的な支援を行うのは、扶養してくれる親などがいない子供に限られることになります。

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