タイトルにある
日経新聞の記事が、「今週のエコノフォーカスは、重要なテーマを捕まえた良い記事だね。赤尾さん、ありがとう。」と高い評価を受けている。(
http://blog.goo.ne.jp/keisai-dousureba/e/da790c35e6bd04bc0f4c220ad93ac6b5)
重要なテーマを扱ったことに異論はないし、かなり勉強されていると思う。しかし、何か微妙なずれを感じてしまう。理由を述べたい。
まず、記事で書かれていることを要約しておこう。
1 2015年も企業が賃上げをしているので、この効果で2015年の消費が増えると期待されているが、楽観は禁物である。
2 なぜなら、同じように賃上げが行われた2014年の現金給与総額の伸びが速報段階(原文のまま、実際には確報)の前年比0.8%増から0.4%増に修正され、賃上げ効果が半減したから。
3 下方修正の理由は、サンプルの入れ替え。以前のサンプルに比べて新しいサンプルでは平均賃金が低い業種の事業所が増えた。
4 産業構造の変化に合わせて取り直した結果、賃上げ率(原文のまま)が下がった。低賃金の事業所の割合が高まったため。
5 産業構造が変化したことや主婦や
高齢者のパートタイムなど労働時間の短い労働者が増えたこともマクロの賃金水準を押し下げる要因。
6 賃上げのすそ野を大きく広げて賃金水準を改善することが日本経済の課題になりそうだ。
1について
賃上げ効果によるマクロの消費拡大について赤尾記者が同意しているのかどうかわからないが、この主張自体、事態の半分だけを見ているような気がする。マクロの消費に影響を与えるのは、労働者数×平均賃金=マクロでみた賃金の合計額であって、平均賃金だけを見てはいけない。伸び率を考えるとすれば、
労働者数の増加率+平均賃金の上昇率を見ておくべきである。数値に関心のある方は、「
毎月勤労統計でみる労働経済の動き(2015年2月確報)」などをご覧いただきたい。
安倍総理はこのことを理解しているようである。
2、5について
賃上げと平均賃金の上昇の関係をもう少し整理してもらいたかった。試みに平均賃金が50から40に下がるケースと60に上がる例を作ってみた。
仮設例 | 賃金、雇用の実態 | 賃金額合計 | 労働者数 | 平均賃金 |
---|
元の状態 | 40(一人)、60(一人) | 100 | 二人 | 50 |
雇用削減1 | 40(一人) | 40 | 一人 | 40 |
雇用削減2 | 60(一人) | 60 | 一人 | 60 |
賃下げ | 30(一人)、50(一人) | 80 | 二人 | 40 |
雇用拡大 | 20(一人)、40(一人)、60(一人) | 120 | 三人 | 40 |
ご覧頂けば分かると思うが、賃金が引き下げられなくても雇用の状況が変われば平均賃金は上がったり下がったりする。賃上げ=平均賃金の上昇と考えてはいけない。
平均賃金が下がる雇用拡大のケースでも、マクロの消費は拡大するだろう。賃上げは結構なことである。それから平均賃金が上昇することが常に望ましいと主張することは行き過ぎである。雇用削減2のケースを見ていただきたい。景気回復の初期には雇用の拡大が先行し、次いで賃上げが行われるのが普通だろう。
労働市場の需給が緩んだ状態では賃上げは起こりにくいから。雇用拡大が行きつくせば平均賃金も上昇する。2014年の平均賃金があまり上昇しなかったことに過敏なる必要はない。常用雇用が1.5%増えたことをもっと評価すべきだろう。
3、4について
少し混乱しているのではないか?平均賃金が下がるような産業別の労働者数の変化があったかどうかは、抽出された事業所の問題ではなく、母集団である労働者数(産業別、規模別、雇用形態別)の問題である。
抽出した事業所サンプルが変化したことと毎月勤労統計で使っていた母集団と今回の母集団に変化があったことは別の問題である。
(2015年5月13日追記)
サンプルから産業、規模別にサンプルの平均賃金を求め、それを母集団の産業別、規模別の労働者数で加重平均して平均賃金が算出されている。したがって、サンプルの構成の変化は平均賃金には影響しない。このやり方は統計作成の標準的な手法である。(追記終わり)
毎月勤労統計が母集団の変化をとらえていても、古いサンプルの中から脱落していった事業所が低賃金のものに偏っていれば、平均賃金を過大に推定する結果となる。(母集団の中で賃金の低い事業所が減り、それに対応してサンプルからも賃金の低いものが落ちていったのであれば問題はない。)
東洋経済に載った
厚生労働省担当者の発言は後者を言っているのであって、母集団のとらえ方に問題があったと言っているのではなさそうである。なお、2014年の賃金水準の修正は、荒く言うと脱落による偏りが一定のペースで進んだという仮定に基づいている。もし低賃金の事業所が早期に脱落していれば、修正幅は過大だったということになる。
(注)(2015年7月31日追記)脱落の時期についての情報が何もない場合、いつの時期に脱落が起きたとも起きなかったとも言えないので、均等に脱落が生じたと仮定するのは、それなりに合理的であろう。これは「理湯不十分の原理」と呼ばれるらしい。
ただ、統計作成当局はいつの時期にサンプルの脱落が生じたかを知っている。したがって、その情報をもとに何らかの推定を行うことが可能であるように思われる。
6について
賃上げは望ましいことだと思うし、賃金水準が上がることも結構である。しかし、雇用の拡大も重要で、雇用拡大が行きつくすまでは、平均賃金の水準に一喜一憂しないほうがいい。問題は、雇用が増えているかどうかと賃金の合計額が増えているかどうかである。
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