「引退した戦士たちと世代間格差」に思う その1

2009年7月9日の日経新聞、「大機小機」にカトー氏が「引退した戦士たちと世代間格差」という題で年金とデフレについて論じられています。

本石町日記」さんは、「本日(9日付)の「大機小機」のカトーさんは良かったです。ほぼ100%アグリー。私と年代近いですね。金融政策では立場は違えど、切り込みの鋭さに感服ですが、この年金世代間格差の問題ではほぼ同調でありました。読んでスカッとしましたよ。」と評されています。

賛成できるところ、反対せざるを得ないところがあり、さらにカトー氏の提案に対案を出したいとも思います。

今回は、反対意見を書きます。私が反対するのは、カトー氏の二つの主張、「年金の世代格差は著しく、端的に言って、現行制度は正義に反する。」と「解決策は、老年世代の自立、すなわち、若年世代から老年世代への所得再分配をやめることだ。」です。

まず、「年金の世代格差は著しく、端的に言って、現行制度は正義に反する。」から。

「ホントに年金もらえるの?」について」でも書きましたが、現在の年金制度は、最初の世代は、年金の支給を受けない親の世代を扶養しなければならないということに配慮して「最初の世代について年金だけをとると保険料に見合った額以上の年金を支払う制度を作り、徐々に保険料と年金のバランスを取るように変えていくという路線で」作られています。

最初の世代を第一世代、子の世代を第2世代、孫の世代を第3世代と呼ぶことにしましょう。この並びで、最初の世代の親の世代を第0世代と呼びましょう。

「最初の世代について年金だけをとると保険料に見合った額以上の年金を支払う制度」にして、私的に老後のための多額の貯蓄をしないで済むようにしたことが、それぞれの世代に、どういう効果を持ったのかを考えてみましょう。

第0世代

第1世代から個人的な扶養を受けることができました。公的年金による公的な扶養を受けられないこの世代は得をしたと言えるかもしれません。ただ、この世代は自分も親の面倒をみていたことを考えれば、大もうけをしたとは言えないでしょう。

第1世代(1940年代生まれ、現在60歳台)

この世代は、老後の心配が少なく、消費を拡大することができました。ただし、彼ら自身が豊かな生活を送っただけではありません。彼らは現在に比べれば数の多い子供を産み育て、自分たちの子供時代よりいい生活を送らせました。特筆すべきは、彼らが自分の子供により高い教育を受けさせたことです。消費も活発だったでしょうが、人的な資本への投資に注ぎ込んだ部分が相当あります。もちろん、土地や、住宅も買いました。

第2世代(1960年、1970年代生まれ、現在30から50歳)

この世代も、年金は第1世代よりは不利ですが、第3世代よりは有利です。また、第1世代から土地、住宅を相続した(することになっている)ものも多いはずです。また、第1世代より高い教育を受けることができた成果として、第1世代より高い収入を得ています。また、第1世代が有利な年金を受け取っているので、親への仕送りは少なくて済んでいます。年金保険料を支払っても私的な貯蓄をする余裕があり、老後の心配はあまりないでしょう。第1世代に比べれば数の少ない子供しか産み、育てていませんが、子供たちには自分たちの子供時代よりいい生活を送らせ、自分より高い教育を受けさせたことに代わりはありません。もちろん、土地や、住宅も買いました。

第3世代(1980年以降の生まれ、現在30歳未満)

この世代は、年金は給付と負担がバランスしています。ただし、全世代を通じてもっとも豊かな子供時代を送り、最も高い教育を受けています。景気さえよければ、最も高い収入を得ているはずです。また、兄弟、姉妹が少ないので、将来、貯金や土地、住宅を相続することになっているものが非常に多いはずです。また、第2世代が有利な年金を受け取るはずなので、将来仕送りをしなければならないことはないでしょう。第2世代に比べても数の少ない子供しか産み、育てていません。子供たちには自分たちの子供時代よりいい生活を送らせタイとは願っているでしょう。ただし、自分より高い教育を受けさせたいと願う人と、そうでない人に分かれているようです。

さて、こういう結果を見て、感じることは人それぞれだと思います。私は、最初の段階で一気に人的な投資、個人的な投資、貯蓄を行い、公共投資も行い、結果として日本経済全体で活発な投資を行ったことは、日本の経済を良くしたと思います。これは、日銀総裁に「製鉄所にペンペン草をはやしてやる」と言われながらも(そういうことは言われなかったという説もあります。)、大借金をして銑鋼一貫製鉄所を作った川崎製鉄と同じではないでしょうか。この投資の配当は様々な形で第3世代も得ているのです。

自分の親を第1世代が、年金で有利であったかもしれませんが、、第0世代の親の扶養は年金に頼らず自分たちでしました。第2、第3世代は親の扶養について年金に依存できることを思えば、年金だけのバランスだけで比較するのは不公平です。

また、年金で有利になった分は自分たちだけの消費に使ったのではありません。多くは子供(や場合によっては、孫のため)に使っています。第2、第3世代も有利な年金の恩恵を受けているのです。第1世代だけが得をした、自分は損をしているというような被害者意識は、一面的です。

私には、「現行制度は正義に反する。」とは思えません。

子供のない人はいても、親から生まれなかった人はいません。親子間の相互の扶養があることを無視して、年金制度だけで損得を論じるという方向には反対です。前回の結論を繰り返します。「「ホントに年金もらえるの?」について」でも書いたとおり、年金の世代間格差といわれるものは、高齢者を私的に扶養するというシステムから、公的に扶養するというシステムへの移行の段階で起こった問題なのですから。それを無視した議論は本質を外しています。

みんなの老後をどう支えるか、が本質的な問題で、年金制度も全体の中で位置付けなければらないと思います。その意味では、年金制度だけの損得勘定は有害無益です。

次に、「解決策は、老年世代の自立、すなわち、若年世代から老年世代への所得再分配をやめることだ。」について。

非現実的です。今、すでに年金を受け取っている世代が、世代内で再分配をすることによって自立するために、必要な財源を考えてみてください。2007年度の国民年金、厚生年金の支払額は41兆円です。年金受給者の6割は年金収入だけで暮らしています。再分配をこの世代の中だけでできるとは思えません。

また、不自然です。親は子を育み、子は親が年をとったときに養うというのは、ごく自然なシステムです。自然な保険システムともいえます。これを私的なものから公的なものに変えるところまではできると思います。しかし、この関係を、全くなくすというのは、無理があります。

実際、世代内だけで再分配を行うとすれば、世代の置かれた環境によって極めて大きな世代間格差が発生するでしょう。世代間格差全体の是正にはなりません。

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